51 特殊な精霊魔法
サラがサバスに念話で状況を伝えた。
『二人が命の調整に入られました。竜神様より、四日目の朝にはお目覚めになるとのことです。
ヴァリアード様が公爵家内の異変を排除された形跡は確認されていますが、特殊な精霊魔法を扱う間者が二名、まだ公爵家内に残っていました。
クロリナラド殿下の結界によって、外部への情報漏洩はありません。
この件については竜皇国王様と王太子様にも同様にお伝えしております。事件の重要性を考慮し、二名は竜皇国へ収監移転されました。表向きは魔塔での収監という扱いになるそうです。
また、公爵家内に残っていた二名についても、同様に竜皇国へ移送され、現在は収監されています。
以上、ご確認をお願いいたします』
サラからの報告を受けたサバスは、執務室へ戻ると、ラルフとヴァリアードが話をしているところへ静かに声をかけた。
「お話の途中に申し訳ございません。先ほどサラから報告を受けましたので、お伝えいたします。
以前、ヴァリアード様の魔術によって公爵家内に潜んでいた者たちを排除された形跡は確認されておりました。しかし、その後も特殊な精霊魔法を使用していた間者が二名、公爵家内に残っていたことが判明いたしました。
現在、その二名については竜皇国の魔塔で収監するという形で、竜皇国へ移送されております。
ご確認をお願いいたします」
ラルフは静かに頷いた。
「そうか……。そこまで対応してくれたのだな」
すると、部屋に残っていた二人の侍女精霊のうち、一人が一歩前へ出た。
「ラルフ様。私が対応いたします」
「頼めるか?」
「はい」
ラルフが頷くと、侍女精霊は一礼し、部屋を退出していった。
その背中を見送ってから、サバスが改めて口を開いた。
「今回の件には、少し経緯がございます。
以前、クロリナラド殿下が世界魔法会議へ出席された際、会場で顔色の悪い精霊を見つけられたそうです。
その精霊が、まるで使役されているかのように酷使されている様子を殿下は不審に思われ、すぐに竜皇国王様へ報告されておりました。
そして今回、協力者の力もあり、精霊に施されていた隠秘系の魔術と魔法を解呪することができたようです。結果として、その精霊を拘束から解放することができました」
ヴァリアードは黙ってサバスの話を聞いていた。
サバスは続ける。
「近年、さまざまな国で人族と精霊族との婚姻が進み、精霊族の血を受け継ぎながらも、十分な魔力を持たない者や魔法を扱えない者も増えてきました。
その一方で、精霊の力を利用するための新しい魔術が研究され、ついには精霊そのものを使役するような方法まで生み出されていた。
今回の件は、それが悪意ある目的で実際に使用されていたということです。
精霊を一つの命ある存在としてではなく、道具のように扱う……。それがどれほど恐ろしいことなのか、我々は改めて考えなければならないでしょう」
サバスは一度、部屋にいる侍女精霊たちへ目を向けた。
「竜皇国王家は、これまで精霊の力に感謝し、互いを尊重する関係を築いてまいりました。
ここにいる侍女精霊たちも、誰かに命じられて仕方なく仕えているのではありません。彼女たちは、自らの意思でこの場所にいてくれている者たちです。
どうか、そのことを忘れず、大切に接していただけますようお願いいたします」
ラルフは深く頭を下げた。
「何から何まで、本当にありがとう、サバス。
そして、竜皇国王様にも心から感謝を申し上げる。
それから……」
ラルフは侍女精霊たちへ視線を向けた。
「君たちにも感謝している。
同胞が嫌な思いをさせられた公爵家だというのに、それでもこうして俺たちのそばにいてくれている。本当にありがとう」
侍女精霊たちは、それぞれ静かに頭を下げた。
ラルフは少し考えてから、ヴァリアードへ尋ねた。
「ヴァリーは、魔法会議のときにあの精霊の異変には気が付いていたか?」
ヴァリアードはしばらく黙ったあと、静かに首を横に振った。
「いや……。
あの頃の私は『黒銀の鎖』をきつく締め付けられた状態で出席していた。
毎回、身体を動かすことさえ苦痛だったからな。
自分自身のことで精一杯だった。申し訳ない」
ヴァリアードは悔しそうに目を伏せる。
「精霊を使役するなどという悪意ある考えを、私は持ったことがない。
だが……実際にそのような新しい魔術が生み出され、使用されていたとなれば、今後どう対処すべきなのかは難しい問題だと思う。
精霊は魔力を持つ存在というだけではない。意思も感情もある。無理に力を引き出せば、精霊そのものを傷つけることになるだろう」
その言葉を聞き、ラルフはゆっくりと頷いた。
「そうだな。
マクアリール公爵領には、昔から自然が多く残されている。だからこそ、領地にはたくさんの精霊様や妖精様がいると代々伝えられてきた。
自然を守ることは、領主だけではなく領民にも受け継がれている大切な教えだ。
……今は、大丈夫なのだろうか」
ラルフは侍女精霊たちを見た。
「何か必要なことがあるのなら、教えてもらってもいいか?
その……俺は、精霊様にこうして直接お会いするのは初めてだから、少し感動しているんだ」
その表情は、どこか少年のようだった。
「エミリアが、いつも言っていたんだ。
『精霊様や妖精様は必ずいますよ。たとえ姿が見えなくても、ちゃんとそこにいる』って。
それに、あれだけ天候が安定しているのは精霊様のおかげだとも言っていた。
自分の生まれ育った領地と、マクアリール領だけは特にそうだって」
ラルフはふっと笑った。
「ヴァリー、覚えているか?
エミリアがよく窓辺におやつを置いていたことを。
あれは精霊様の分だって言っていたよな?」
ヴァリアードは一瞬だけ目を見開き、それから懐かしそうに笑った。
「ああ……そうだったな。
まさか、マクアリールへ嫁いでからも続けていたとは知らなかった」
「いや……続けていたよ。
そして、エミリアが亡くなった日まで、ルノアも一緒にやっていた」
その言葉に、ヴァリアードの表情が変わった。
ラルフは少しだけ間を置いてから、静かに続けた。
「でも、エミリアが亡くなってから……ルノアは精霊様を信じなくなってしまったんだ。
あれだけ母親と一緒に窓辺へおやつを置いていたのにな。
エミリアがいなくなってしまったことで、きっと……自分の中にあったものまで、全部失ってしまったんだと思う」
ラルフは苦しそうに息を吐いた。
「俺も、仕事に逃げていた。
ルノアの悲しみに気付いていなかったわけじゃない。でも、どう向き合えばいいのか分からなくて……。
父親として、もっとあの子のそばにいなければならなかったのに、俺は公爵としての仕事ばかりを優先してしまった」
ヴァリアードは何も言わず、ラルフの話を聞いている。
「この間の王宮のお茶会で、ルノアが自分の行いを反省してくれて……そして、ようやく俺とちゃんと話をしてくれた。
もし、あのときルノアが俺に心を開いてくれなかったら……。
もし、あのまま一人で抱え込んでいたら……。
今頃、どうなっていたのかと思うと、本当に恐ろしいよ」
ラルフは目を伏せた。
「ヴァリーにも、連絡できなかった。
お前があれだけ苦しんでいたことを知っていたからこそ、余計な負担をかけたくなかった。
でも今思えば、それも正しかったのか分からない。
家族を失って、家族同然だった者まで苦しんでいて……それなのに、俺は一人で全部抱えようとしていた」
部屋に静かな時間が流れた。
やがてヴァリアードが、穏やかな声で言った。
「ラルフ。
それでも、今こうして気付けたのなら、それでいいのではないか。
ルノアはもう一人ではない。
お前も、もう一人で抱える必要はない。
そして……ここにいる精霊様たちも、きっとそうなのだろう。
誰かに利用されるためではなく、自分の意思で誰かのそばにいる。
それを守ることが、今の我々にできることなのだと思う」
ラルフはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうだな。
まずは、今そばにいてくれる者たちを大切にすることから始めよう」
その言葉に、侍女精霊たちは静かに微笑んだ。




