48 竜皇国ナダルノ侯爵家三男サバスチャン息子ヤード
「まずは、ルノアが起きてきてから相談するのが一番だな。あの子がどうしたいのか。それを聞くことが何より大事ではないか?」
ラルフがそう言って、周囲を見渡した。
「幸い、あと三週間ほどは社交期間で学院も休みだ。その間に、いろいろと整えておけばいい」
少し考えてから、続ける。
「移動門はいつ作る? どこに設置する?
それに、安全対策も必要だろう。今は執事も侍女も一切入れていないが……さすがに、このままずっとというわけにはいかない」
ラルフは次々と問題を挙げていく。
「それに、ルノアの見た目がどう変化するのかも確認しないとな。
学院には魔道具が使えない区域もある。
これまでと同じ生活ができるとは限らないだろう」
「そうだな……」
クロリナラドが考え込んだ、その時だった。
「クロリナラド、忘れてるよ」
福が楽しそうに声を上げた。
「福が移転させるよ」
その言葉と同時に、空間が淡く揺らいだ。
次の瞬間、執事服を整然と着こなした男性二人と、侍女姿の女性三人が姿を現した。
五人は揃って右手を左胸に当て、深々と頭を下げた。
「頭を上げよ」
クロリナラドが声を掛ける。
五人が顔を上げると、クロリナラドは改めて彼らを紹介した。
「こちらは福様。そして、ルノアの父君であるラルフ義父上と、伯父であり、魔塔の長でもあるヴァリアードだ」
「白銀の腕輪のご契約、誠におめでとうございます」
最初に口を開いたのは、年長の執事だった。
「無事に契約が結ばれたこと……本当に、皆が安堵いたしました」
そう言って、ラルフとヴァリアードにも一度丁寧に頭を下げる。
「初めまして。私はクロリナラド殿下に仕えております、竜皇国ナダルノ侯爵家三男、サバスチャンと申します」
落ち着いた所作で名乗った。
「代々、王族の皆様にお仕えしている家系でございます。父は現在の国王陛下に、長兄は侯爵家の家督を継ぐ予定となっており、次兄は王太子殿下の執事長を務めております。
そして私は、クロリナラド殿下の執事長を務めております」
そこで隣に立つ少年へ視線を向ける。
「こちらは私の次男、ヤードです」
紹介されたヤードも、静かに一礼した。
「将来的には、クロリナラド殿下とルノア様のお子様がお生まれになった際、その養育や教育を担い、いずれは執事長を務める予定となっております。
ただし、本人はまだ修行中の身ですので、正式に決まっているわけではございません」
サバスは一度言葉を切り、三人の侍女へ目を向けた。
「そして、こちらの三人は侍女精霊でございます」
三人が揃って一歩前へ出る。
「侍女精霊です。三人とも意思疎通が可能ですので、皆様からは『サラ』とお呼びください」
三人は揃って頭を下げた。
「状況に応じて人数は増減いたします。
主な役目は、皆様のお世話と安全の確保でございます。必要に応じて、それぞれお一人ずつお側に付かせていただきます」
ラルフは五人を見ながら、少し驚いたように瞬きをした。
すると、その中の侍女精霊が一歩前へ出た。
「ラルフ様の現在の執事長様と侍女長様とも、今後のことについてお話しさせていただきたいのですが……」
「そうだな。それは必要になるだろう」
ラルフが頷いた。
だが、その直後。
クロリナラドがヤードを見て、眉を寄せた。
「……待て。ヤードは番が見つかったばかりだろう? なぜここにいる?
可哀想ではないか……」
その言葉に、サバスが静かに目を細めた。
「ようやく、お気持ちを理解していただけたのですね?」
「え?」
「殿下がお呼びになったのですよ。お忘れですか?」
サバスは穏やかな口調のまま続けた。
「私が何度も、今はヤードを呼ぶべきではないと申し上げました。
それでも殿下ご自身がお決めになったことです」
クロリナラドは言葉を失った。
そして、ようやく気づいた。
自分がこれまで、番を得た者がどれほど相手を求め、そばにいたいと思うのかを、頭では理解していても、本当の意味では分かっていなかったのだ。
しかし今は違う。
ルノアと番の契約を結んだ今なら、その気持ちが痛いほど理解できる。
サバスは静かに続けた。
「殿下。ヤードに何かおっしゃることはございませんか?」
「……」
「私はいつも申し上げておりますでしょう。謝罪は、一秒でも早いほうがよろしいと」
クロリナラドはヤードを見た。
「ヤード……すまなかった」
素直に頭を下げる。
「今すぐ帰ってくれ。番殿にも、私が申し訳なかったと伝えてほしい。
今日はもう、規定通りに過ごしてくれ。本当に……すまなかった」
ヤードは一瞬驚いたように目を見開いた。
それから、深く頭を下げた。
「クロリナラド殿下」
顔を上げ、穏やかな表情で告げる。
「白銀の腕輪のご契約が無事に結ばれましたこと、心よりお祝い申し上げます。本当に、おめでとうございます」
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「これまで私の気持ちにご配慮いただけず、困惑していた部分もございました。しかし……今こうして、そのお気持ちを理解していただけたことを嬉しく思います」
再び一礼する。
「それでは、申し訳ございませんが、このまま失礼いたします」
そう言うと、ヤードの姿が淡い光に包まれた。
次の瞬間には、静かにその場から移転していた。
クロリナラドは、ヤードが消えた場所をしばらく見つめていた。
「……番が見つかる前の私なら、あいつが何をそんなに気にしているのか、分からなかっただろうな」
ラルフが小さく笑った。
「だからこそ、今の言葉には意味があるんだろう」
ヴァリアードも静かに頷いた。
「自分が経験して初めて理解できることは、確かにある。だが、理解できたのなら、これからは同じことを繰り返さなければいい」
福が嬉しそうに笑う。
「うん。クロリナラド、ちゃんと分かったね」
クロリナラドは苦笑しながら頷いた。
「……ああ。もう、番を待つ者の気持ちを軽く考えることはしない」
そして、眠っているルノアのいる部屋へ視線を向けた。
「まずは、ルノアが起きてからだ。これからのことは、何より本人の気持ちを聞いて決めよう」
ラルフも頷いた。
「それでいい。白銀の番を結んだからといって、ルノアの意思を置き去りにしてはいけないからな」
五人の従者たちは静かにその言葉を聞いていた。
これから始まる新しい生活に向けて、少しずつ準備が整えられていく。
そして何より、その中心にいるルノア自身がどうしたいのか。
その答えを聞くことから、すべてが始まるのだった。




