461 護衛任務と見えない隙
男子チームは、護衛対象を安全区域まで送り届けるため、地図を囲んで作戦を話し合っていた。
今回の演習では、制限時間内に指定された人物を安全区域まで護衛しなければならない。訓練区域には妨害役が配置されており、進路を塞ぐだけでなく、誘導や不意打ちによって護衛対象に接近することも想定されていた。
そのため、単純に移動経路を決めるだけでは不十分だった。妨害への対応、護衛対象の安全確保、仲間との連携まで考えたうえで、行動方針を決める必要がある。
フォルは地図上の経路を確認しながら口を開いた。
「制限時間を考えれば、基本は最短経路で進むべきだ。ただし、そこに固執する必要はない。進路を塞がれた場合に備えて、迂回路も把握しておこう」
ジュストは北側の狭い通路を指した。
「ここは道幅が狭い。正面から妨害された場合、護衛対象を連れて抜けるには時間がかかる。先行する者が周囲を確認し、異常があればすぐに知らせる必要があるな」
ライルズも別の交差点に目を向けた。
「妨害役が単純に進路を塞ぐとは限らない。あえて通りやすい道を残し、こちらを意図した方向へ誘導する可能性もある。分岐点では周囲を確認してから進むべきだ」
サンセールは護衛対象の立つ位置を確認した。
「対象には防御結界を張っておこう。攻撃を受けても守れるようにしておく。ただし、結界だけに頼らず、周囲への警戒も続ける必要がある」
「結界が維持されているかどうかも確認しなければならないな。異常があれば、すぐに知らせて再展開できるようにしておこう」
ジュストの提案にフォルが頷いた。
「それなら、周囲の警戒と護衛対象の確認を分担しよう。妨害があれば、その場で状況を判断して対応する」
それぞれが意見を出し合い、基本方針は決まった。
移動経路や妨害への対処、防御結界の必要性については、全員が同じ認識を持っていた。互いの能力をよく知っていることもあり、作戦に大きな問題はないように思えた。
しかし、誰がどの範囲を警戒するのか、誰が結界の状態を確認するのかまでは決めていなかった。
異常を発見した際の合図や、担当者が動けなくなった場合の引き継ぎについても話し合われていない。
必要なことは全員が理解しているのだから、それぞれが状況に応じて判断すればよい。そんな考えが、無意識のうちに作戦の中に入り込んでいた。
その様子を、ギルト、バルト、ダルトの三人が見守っていた。
三人は現在、フォルたち三兄弟の護衛と隠密を担当している。同じ生徒として学院生活を送っているが、それだけの関係ではなかった。
フォルたちは知らないことだが、三人には将来、三兄弟の執務長を務める役目も決まっている。
本来、竜皇国の次代を担う後継者候補には、幼い頃から身近で支え、養育し、守り、必要なことを教える教育者が付く。
しかし、王太子夫妻が自分たちの手で子供たちを育てたいと望んだため、三人がその役目を担うことはなかった。
それでも、三人は長年にわたり隠密として三兄弟を守り続けてきた。
今回の留学を機に、ようやく本来予定されていた役目を果たす機会を得たのである。
だからこそ、今回の演習でも、単に同じ生徒として参加するのではなく、教育者として三兄弟の判断や行動を見極めていた。
ギルトたちは周囲に厳重な結界を張り、さらに消音の魔法を施すと、念話で意見を交わした。
『作戦の話し合いはできているが、念話を使っていないな』
ギルトの言葉に、バルトが応じた。
『普段は使い慣れているのに、こういう場面では声での会話だけに頼っている。作戦を決めることに意識が向きすぎているようだ』
『役割を分けたつもりで、誰が何を確認するのかが曖昧だ。全員が優秀だからこそ、誰かがやってくれると思っているのかもしれない』
ダルトの指摘に、ギルトが続けた。
『仲間を信頼することと、仲間も自分と同じことを考えていると思い込むことは違う。意思の疎通が取れているつもりでも、実際には認識が食い違っていることがある』
『今ここで助言すれば、失敗を避けられるかもしれない。しかし、それでは自分たちで問題に気づく機会を奪ってしまう』
バルトの言葉に、ダルトも同意した。
『失敗した理由を自分たちで考え、次に生かせるかどうかも大切な学びだ。今回は最後まで見届けよう』
三人は余計な助言をせず、演習の開始を待った。
やがて準備が整い、男子チームは護衛対象を囲むように配置についた。
フォルを中心に、ジュスト、ライルズ、サンセールがそれぞれ周囲を警戒する。護衛対象の安全を確保しながら、四人は最短経路へと進み始めた。
移動を開始すると、妨害役が次々と現れた。
正面から進路を塞がれれば別の道を選び、通りやすい方向へ誘導されそうになれば周囲を確認して進路を修正する。
狭い通路では護衛対象を中心に隊列を整え、互いの動きに合わせて妨害を切り抜けていった。
個々の判断力は高く、動きにも無駄がない。妨害役の仕掛けを見抜く能力も十分に備わっていた。
しかし、目の前の妨害に対応している間、護衛対象の周囲にまで注意を行き届かせる余裕はなくなっていた。
その隙を見逃さなかった妨害役が、護衛対象へと接近する。
正面から突破する必要はなかった。
男子チームの注意が別方向へ向いていることを確認すると、妨害役は護衛対象を守る防御結界に目を向けた。
力ずくで結界を破るのではなく、魔力の流れを慎重に見極め、その循環の一部を崩していく。
わずかな乱れが生じた魔力は安定を失い、結界を維持する力が弱まっていった。
やがて、防御結界は音もなく消失した。
ギルトたちはその変化を確認していたが、あえて手を出さなかった。
フォルたちは、まだ異常に気づいていない。
作戦会議で必要性を理解していたはずの結界の確認が、実際の行動では抜け落ちていたのである。
妨害役は、そのことを確かめるように護衛対象へ視線を向けた。
男子チームは、まだ自分たちの作戦に生じた隙を把握できていなかった。




