455 魔道具の改良
ナインは搾乳する魔道具をゆっくり見て回った。搾乳そのものを効率化する点では今も十分に役立っている。
しかし、現在の設備には、乳の鮮度や衛生状態を細かく管理する仕組みが不足していた。
搾乳後の乳を受け止める容器には冷却装置がなく、外気に触れる部分も多い。
洗浄も作業者の手に委ねられており、洗浄が十分に行われたかを確認する仕組みは整っていなかった。
「搾乳の仕組み自体は、今でも十分に使える。だから、基本構造は残して、足りない部分を改良しよう」
ナインは容器を指さした。
「まず、搾乳した乳をすぐに冷却できるようにする。受け取ったら自動で密閉できる仕組みも必要だ。
容器ごと冷却できれば、工場まで運ぶ間も鮮度を保ちやすくなる」
「移し替える回数を減らせば、汚れが入る危険も減るな」
ヴァリアードが答えると、ナインは頷いた。
「そうだ。それから、魔牛が搾乳装置へ入る前に、乳房の周りをきれいにする仕組みも欲しい。
汚れが付いたまま搾乳すれば、乳や容器に汚れが入る可能性がある。
作業者が毎回確認するだけでは、どうしても見落としが出る。できたら搾乳機がタスワンズ工場の魔道具のように洗浄機能の追加が必要だ。」
ナインは、魔牛が自分から洗浄場所へ進み、必要な部分をきれいにしてから搾乳装置へ移動する仕組みを提案した。
洗浄が終わらなければ搾乳を始められないようにし、魔牛が嫌がらずに進める構造にする。
さらに、洗浄機能と、冷却装置と、密閉容器を連動させ、搾乳した時刻や温度も記録できるようにしたいという。
説明を聞き終えたヴァリアードは、呆れたように息を吐いた。
「……相変わらず、お前は簡単に言ってくれるな。
洗浄装置を組み込み、魔牛の動きに合わせて制御し、冷却と密閉まで連動させるのか」
「お前ならできるだろう?」
「その言い方はずるいぞ」
ヴァリアードは肩をすくめたが、視線はすでに装置の配置を追っていた。
ナインは、改良に必要な作業を整理すると、最後に何でもないことのように告げた。
「今回の改良について、俺から報酬を請求するつもりはない。
その代わり、魔力回路の設計と調整をお前に頼みたい。俺だけでは難しい部分もあるからな」
「……何を言っているんだ」
ヴァリアードは、思わずナインを見返した。
「お前が考えた魔道具だぞ。昔から、お前の作る魔道具はすごいと思っていた。使う者の負担を減らすことを考え、必要な機能を無駄なく組み込む。だからこそ、長い年月が経っても使い続けてもらえているんだろう」
ヴァリアードは改めて、丁寧に整備された搾乳装置を見た。
「俺は、お前の設計を生かしながら、今の技術で足りない部分を補う。
それぞれが得意な仕事をするんだ。報酬をいらないと言って、俺だけに負担させるつもりか?」
「いや、そういうつもりでは……」
「なら、今回も折半だ。必要な費用も仕事も、できる限り半分ずつ受け持つ。それでいいだろう」
ヴァリアードは、譲るつもりのない表情で告げた。
ナインは少し困ったように頭をかいた。
「昔から、お前は頑固だな……」
「それはお互い様だろう。相変わらず、自分の仕事を安く見積もる癖が直らないな」
呆れたように言いながらも、ヴァリアードの声には親しみがあった。
ナインは、しばらく考えたあと、ゆっくりと頷いた。
「分かった。では、費用も仕事も折半だ。ただし、魔牛の安全と衛生管理を最優先にする。それだけは譲れない」
「当然だ。設備を設置して終わりにはしない。実際に使って問題がないことまで確認するぞ」
二人は、改良に必要な部品と作業内容を整理し始めた。
昔の魔道具を生かしながら、新しい技術で安全性と衛生管理を高める。ナインの職人としての経験と、ヴァリアードの魔力回路に関する知識を組み合わせれば、より優れた設備にできるはずだった。
そして、二人が最初に取りかかったのは、搾乳装置の材質と衛生面の改善だった。
現在使われている搾乳装置は、まだ十分に使用できる状態だった。
しかし、毎日大量の乳を扱う以上、衛生面には改善の余地があった。
細かな傷や継ぎ目に汚れが残れば、洗浄に手間がかかるだけでなく、衛生上の問題にもつながる。
ナインは装置の各部を確かめながら、ヴァリアードに相談した。
「材質そのものは、まだ使える。だが、これからも長く使い続けることを考えると、もっと汚れがつきにくく、簡単に洗浄できるものにしたい。
それに、毎日扱う職人たちの負担も減らしたいんだ。今のものより軽く、それでいて十分な強度がある材質にできないだろうか」
ナインは装置の部品を手に取り、重さを確かめるように持ち上げた。
「毎日の作業だからな。少し軽くなるだけでも、扱いやすさは変わる。
洗浄にかかる時間が短くなれば、その分、ほかの作業にも手を回せる。
もちろん、耐久性を落とすわけにはいかないが……」
そこでナインは、ふと思いついたようにヴァリアードを見た。
「なあ、錬金術でなんとかならないか?」
ヴァリアードは装置を受け取り、材質や接合部分を確かめた。
「錬金術か。材質の性質を変えること自体は可能だが、軽量化と強度の両立だけでなく、乳に触れても成分に影響を与えず、繰り返し洗浄しても劣化しないことが条件になるな」
「そうなんだ。俺も長年、いろいろ試してきたんだが、ここにある材質が今のところ限界だ。
これ以上のものを作ろうと思っても、職人としての技術だけではどうにもならなくてな」
ナインは少し悔しそうに装置を見つめた。
これまでの設備も、長年の経験を積んだ職人たちが工夫を重ねて作り上げたものだった。
だからこそ、簡単に否定するつもりはない。
しかし、これから先も安定した生産を続けるなら、今の設備に満足しているわけにはいかなかった。
「なるほど。ならば、既存の材質をそのまま改良する方法と、新しい素材を錬金術で作り出す方法の両方を検討しよう。
魔力回路についても、洗浄の手間を減らせる仕組みを組み込めるかもしれない」
ヴァリアードの言葉に、ナインの表情が明るくなった。
「本当か。それなら、現場で必要な条件を詳しく説明する。
どれだけ優れた材質でも、職人が扱いにくければ意味がないからな」
「ああ。理論上の性能だけでなく、実際の使用環境も考慮する必要がある。
毎日の洗浄方法や使用頻度、部品の交換時期まで確認しておこう」
二人は搾乳装置を分解し、それぞれの部品がどのような役割を果たしているのか、一つずつ確認していった。
ナインが現場で培った経験をもとに改善点を挙げ、ヴァリアードが錬金術と魔力回路の知識から実現可能な方法を探る。
こうして、古い設備の長所を残しながら、安全性と衛生管理を高めるための改良が始まった。
そうして、搾乳設備の改良が進み、十か所の牧場からタスワンズ湖工場へ魔牛の乳を届ける仕組みが整った。
ナインとヴァリアードは、設備の強度や衛生管理だけでなく、乳を運ぶ際の温度管理や記録方法まで見直した。
牧場主たちにも新しい設備の使い方と清掃手順を説明し、毎日の点検を徹底してもらうことになった。




