454 牧場を救ってきた魔道具とナイン
ナインとヴァリアードは、携帯用の桃ゼリーを安定して製造するため、魔牛の乳を生産する領内十か所の大規模な牧場を巡ることになった。
設備の点検や改良について打ち合わせをしていたナインは、ふとヴァリアードに目を留めナインは一瞬言葉を失った。
「……お前、それは……」
ヴァリアードはすぐにナインの言いたいことを察した。
「ああ。そういうことだ」
「そうか……。本当に、おめでとう。ずいぶん長い時間がかかったが、本当に良かったな。これでお前も長命になったんだな」
ナインは心から祝福したあと、少し声を落とした。
「……内緒なんだな?」
「今のところはな」
「なら、魔法契約書でも書いておくか?」
「必要ない。ナイン夫妻にもルノアのイヤーカフがついているだろう? あれに組み込まれている」
「……なるほどな」
ナインは自分の耳に触れ、思わず苦笑した。
「それにしても、イヤーカフ。本当に恐ろしいほど機能が変わっているな。
どれだけルノア様がクローを心配しているのか、よく分かるよ」
イヤーカフの保護機能を思い返し、ナインは呆れたように息を吐いた。
「体調の管理から危険の察知、呪いや言霊や術具や魔術への対処まで……。しかも、魔力を封じられた状態でも働いて、移転だろ?いったい、どこまで想定して作り込んでいるんだ」
「必要だと判断した機能を組み込んだ結果だろうな」
「いやいや、必要だと判断する範囲が広すぎるんだよ」
ナインは肩を揺らして笑った。
「なぁ……相手は世界一魔力量を持つ竜人だろう? いったい誰がクローと戦うんだ。
ルノア様には、そのあたりも教えてやってくれ」
「俺に言われても困る」
「ははは! まあ、俺はこういう魔道具を使いこなすのも、仕組みを理解するのも楽しいからな。
奥さんはもう、使いこなせないと結論は出てる」
ナインは楽しそうに笑い、ヴァリアードも呆れたように口元を緩めた。
二人にとって、魔道具の改良は単なる仕事ではない。新しい仕組みを考え、より良い形に仕上げていくことそのものが、職人としての喜びだった。
そして今回もまた、牧場の設備を改良するという仕事が待っている。
「さて、話はここまでだ。まずは最初の牧場へ向かおう。魔牛の乳を安定して確保できなければ、大量生産も始められないからな」
「ああ。設備だけでなく、魔牛の環境も再度確認する必要がある。十か所も巡るんだ。早めに取りかかろう」
二人は必要な資料を手に取り、牧場へ向かう準備を始めた。
どの牧場もタスワンズ湖工場から離れた場所にあったが、マクアリール公爵領では、ほとんどの村にラルフの店があり、村と村を結ぶ移動門も整備されている。そのため、二人は短時間で各牧場を訪れ、搾乳設備や飼育環境を確認することができた。
最初の牧場に到着したナインは、搾乳施設に設置されている魔道具を見て、懐かしそうに目を細めた。
「これは……まだ使ってくれていたのか」
そこにあったのは、ナインが昔、魔牛の搾乳作業を少しでも楽にしようと考案した魔道具だった。
魔牛が自分から装置の中へ入ると、搾乳が始まり、乳が容器へ集められる仕組みになっている。
魔牛を無理に押さえつける必要がなく、作業する人間の負担も軽減できるように工夫されていた。
長い年月が経っているにもかかわらず、装置は丁寧に整備されていた。金属部分には手入れが施され、傷んだ部品は交換されている。魔力回路も修繕され、今なお現役で働いていた。
ナインが装置を確かめていると、牧場主が近づいてきた。
「失礼ですが、あなた様はドワーフ族のナイン様でしょうか?」
「そうだが、俺に何か用か?」
牧場主は驚いたように目を見開いた。
「やはり、そうでしたか! 祖父から聞いていました。魔牛の搾乳を助ける魔道具を作ってくださった方がいたと。まさか、そのご本人様に、こうしてお会いできるとは思いませんでした」
牧場主は、ナインが見ていた魔道具へ目を向けた。
「私の祖父も、この牧場で魔牛を育て、毎日乳を搾っていました。
魔牛の世話は朝早くから始まり、搾乳にも大変な手間がかかったそうです。
体力も時間も必要で、仕事が終わる頃には疲れ果てていたと聞いています」
男は、懐かしむように微笑んだ。
「けれど、ナイン様が魔道具を作ってくださったおかげで、搾乳にかかる負担が大きく減ったそうです。
祖父だけではありません。この領内で魔牛を育て、乳を搾ってきた牧場主たちが、どれほど助けられたことか……」
牧場主はナインの前に立つと、その手をしっかりと握った。
「ナイン様は、私の祖父を助けてくださった方です。いえ、祖父だけではありません。牧場主たちの大変な仕事を楽にし、私たちの仕事を救ってくださった方です。本当にありがとうございます」
ナインは、握られた手を見つめたまま、しばらく言葉を返せなかった。
ドワーフ族の容姿を理由に、話を聞いてもらえなかったことは一度や二度ではない。
どれほど技術を磨き、優れた魔道具を作っても、外見だけで判断され、実力を知ろうともされないことにも慣れていた。
それなのに、目の前の牧場主は、自分が作った魔道具を覚えていてくれた。
しかも、その働きが祖父から語り継がれ、今も牧場の人々の生活を支えていた。
「……そうか。役に立っていたんだな」
ナインは照れくさそうに視線をそらした。
「大切に使ってくれてありがとう。作った魔道具が、こうして長く働いていると分かるのは、職人として嬉しいことだ」
隣で様子を見ていたヴァリアードは、いつものようにからかうこともなく、静かに二人を見守っていた。
ナインにとって、自分の技術を認めてもらえることは、何よりの喜びだった。マクアリール公爵領では、ドワーフ族だからといって仕事を否定されるのではなく、何を作り、どれほど人の役に立ったのかを見てもらえる。
――俺は、本当にマクアリール領地に来て幸せだ。
ナインは胸の奥に広がる温かさを感じながら、改めて搾乳設備を見渡した。




