456 大量生産の難しさ
ナインとヴァリアードのおかげで、搾乳用の魔道具の機能が改善された。
衛生管理や作業効率が向上すると、複数の牧場から集めた魔牛の乳を使い、桃クリームゼリーの試作を重ねていった。
ところが、実際に製造を進めると、新たな問題が明らかになった。
魔牛の乳は、どの牧場から届いても同じ味や成分になるわけではなかったのだ。
「同じ魔牛の乳なのに、こちらはあっさりしていて、こちらはずいぶん濃厚ですね」
ルノアは、並べられた試作品を一つずつ味わい、不思議そうに首を傾げた。
料理長は、牧場ごとにまとめられた記録を見比べながら説明した。
「飼料の種類や量によっても違いが出るようです。
草を中心に食べている魔牛と、栄養を補うための飼料を多く与えられている魔牛では、乳の風味や濃さに差があります。牧場の環境や魔牛の状態も関係しているようですね」
あっさりした乳は口当たりが軽く、濃厚な乳は豊かな風味があった。どちらも美味しいものの、同じ分量の乳と桃の絞り汁を使っても、完成したゼリーの味や固さに違いが生じてしまう。
さらに、乳に含まれる栄養成分にも差が見られた。
ルノアは、味だけを基準に材料を選ぶわけにはいかないと考えた。
安心して食べられる商品を作るためには、美味しさだけでなく、原材料の性質や栄養成分についても把握する必要がある。
材料の状態が変わっても一定の品質を保てるよう、配合や製造条件を調整しなければならなかった。
「牧場ごとの違いを調べて、乳の特徴に合わせた配合を考える必要がありますね。同じ材料を同じ分量だけ使っても、いつも同じものができるとは限らないのですね」
「その通りです。まずは、どのような違いがあるのかを把握するところから始めましょう」
料理長の言葉に、ルノアは記録用紙へ目を落とした。
しかし、問題は乳の品質だけではなかった。
出産を迎える魔牛が増えると、牧場ごとの搾乳量にも大きな変化が現れた。
出産後の魔牛の中には、搾乳装置へ入ることを嫌がるものがいた。
普段は自分から洗浄場所へ進み、搾乳を受け入れていた魔牛でさえ、出産後には警戒して近づこうとしなくなることがあったのだ。
子を産んだ魔牛は、子どもに乳を与えようとする本能が強く働くためか、搾乳に対する反応が普段とは変わるようだった。
その結果、出産が重なる時期には搾乳できる量が大きく減り、牧場によっては普段の半分ほどになることも分かった。
「魔牛の体調や子どもの成長を考えれば、無理に搾乳させるわけにはいきませんね」
ルノアは、牧場主から届いた報告書を見ながら言った。
「はい。魔牛が嫌がる場合は無理をさせず、様子を見ながら対応しています。
ただ、出産する時期が重なると、牧場全体の搾乳量が大きく減ってしまうのです」
報告を聞いたルノアは、考え込んだ。
桃の収穫量が季節によって変わることは、以前から分かっていた。
だからこそ、テンサイトウ漬けにした桃を用意し、収穫期以外にも利用できる方法を考えてきたのだ。
しかし、魔牛の乳にも同じように供給量の変化があることまでは、十分に考えられていなかった。
桃を安定して確保できても、乳が不足すればゼリーは作れない。
反対に、乳が十分にあっても、桃の熟し具合や状態が変われば、味や固さに影響する。
安定した大量生産を実現するには、どちらか一方だけを整えても不十分だった。
複数の牧場から届く乳の量と品質を把握し、桃の収穫量や保存状況も考慮しながら、計画的に製造を進める必要がある。
しかも、魔牛の出産時期は牧場ごとに異なり、飼料の種類や量も同じではない。
短期間の調査だけでは、一年を通した変化を予測することは難しかった。
そこで、サラたちが中心となり、牧場ごとの記録を整理し、搾乳量が減少する時期や、乳の性質が変わる条件を調べ始めた。
搾乳設備の調整を進め、魔道具の記録機能や温度管理の仕組みを確認した。
料理長も、乳の状態と試作品の味、固さ、栄養成分の違いを記録し、製造条件との関係を調べていった。
しかし、調整すべき項目は予想以上に多かった。
魔牛の個体差、飼料、出産時期、搾乳量、乳の風味や成分。さらに、桃の熟し具合や保存期間によっても、完成するゼリーの状態は変化する。
安定した品質を保つためには、一つの条件を変更するたびに試作を行い、その結果を記録して比較しなければならなかった。
十分な時間をかけて検証しなければ、何が原因で違いが生じたのか判断できない。料理長がルノアに声をかけた。
「ルノア様、今回の調査には、かなり時間がかかります。学業に専念していただき、これからの調査は私たちにお任せいただけませんか?」
ルノアは驚いて顔を上げた。
「ですが、私も商品を考案した者として、最後まで確認したいのです」
「お気持ちはよく分かっております。ただ、今回必要なのは、一度の試作で完成させることではありません。一年を通して材料の変化を調べ、季節が変わっても同じ品質を保てるか確かめることです」
料理長は、手元の記録用紙をルノアに差し出した。
「これからは、私たちが毎日の記録と試作を進めます。問題が見つかれば、その都度ご報告いたします。月に一度、途中経過を共有し、試作品を一緒に確認していただければと思います」
ルノアは記録用紙を受け取り、これまでの試作結果を見つめた。
商品を完成させたいという気持ちが先走り、早く答えを出そうとしていたのかもしれない。
同じ品質で、安心して食べられる商品を作るためには、発売を急ぐよりも、確かな根拠を積み重ねることが大切だった。
季節による変化を調べるには、一年を通した記録が欠かせない。
魔牛の出産時期や搾乳量の変化を把握しなければ、必要な乳を安定して確保することも難しいのだ。
ルノアは、ようやくそのことを実感した。
「分かりました。これからは、途中経過を確認させてください。試作品も一緒に確かめて、必要な調整を考えましょう」
「ありがとうございます。責任を持って進めてまいります」
料理長とサラたちは安堵したように頭を下げた。
その後、ルノアは父ラルフにも、今回の調査で明らかになった問題を報告した。
ラルフは最後まで話を聞くと、領地の産業についても考えておく必要があると口を開いた。
「領地内でも、魔牛の乳は昔から飲まれている。
牧場の数も多いし、今後、飼育を増やしていくこともできるだろう。
桃と同じように、魔牛についても竜皇国と協力できないかと考えているんだ」
「竜皇国と、ですか?」
「ああ。リアムから今回の件についても相談していたが、協力を前向きに考えるという返事をもらっている」
ルノアは目を輝かせた。
桃の生産だけでなく、魔牛の飼育や乳の供給についても協力できれば、将来の生産体制を整えやすくなるかもしれない。
ただし、協力が決まったからといって、すぐに十分な量を確保できるわけではない。
飼育環境や搾乳方法、衛生管理など、互いに確認しなければならないことは多かった。
「まずは、こちらの牧場と工場で、同じ品質の物が安定して製造できる仕組みを作ることが先ですね」
「その通りだ。生産量を増やすことだけを考えて、品質や安全をおろそかにしてはいけない。
設備を整え、管理方法を確立したうえで、供給先を広げていこう」
ラルフの言葉に、ルノアはしっかりと頷いた。
桃を加工してテンサイトウ漬けにする施設と、魔牛の乳を扱う搾乳設備。さらに、受け入れた原材料を衛生的に管理し、運搬し、食品を製造する工場も必要になる。
それぞれを別々に考えるのではなく、原材料の生産から加工、製造までを一つの流れとして整えていかなければならなかった。
ラルフは、桃の加工施設と搾乳設備、衛生管理を徹底できる工場の整備を並行して進めることを決めた。
一方、ルノアは学業を優先しながら、月に一度、料理長たちから報告を受け、試作品を確認することになった。
毎月の報告では、季節による乳の変化や、牧場ごとの搾乳量の違いが少しずつ明らかになった。
配合を変えた試作品を比較することで、味や固さを安定させるための条件も、徐々に絞り込まれていった。
すぐに答えが出るわけではなかった。それでも、記録を積み重ねるたびに、安定した品質へ近づいていることが分かった。




