432 王城を離れても
ターリドは、執務室に信頼できる臣下たちを集めた。
彼らは長年、王城に仕え、この国を支えてきた者たちだった。ターリドが財政の立て直しや王族の支出削減を何度も進言してきたことも、そのたびに国王が聞き入れなかったことも、よく知っていた。
それでも彼らが王城に残り続けたのは、ターリドと国を見捨てたくなかったからだ。
集まった者たちを見渡し、ターリドは深く頭を下げた。
「皆、これまで本当にありがとう。大変な状況の中、私を信じてついてきてくれたことに感謝している。
皆の力になりたかったが、思うように国を変えられなかった。不甲斐ない私で、すまなかった」
「ターリド様、そのようなことをおっしゃらないでください」
一人の臣下が、すぐに口を開いた。
「私たちは、ターリド様がどれほど尽力されてきたかを知っています。国を立て直すために諦めず、行動を続けてこられました。私たちは、その姿をずっと見てきました」
ほかの臣下たちも、静かに頷いた。
ターリドは彼らの顔を見つめ、わずかに表情を和らげた。
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで、救われる思いだ」
だが、感傷に浸っている時間はなかった。
アズマサール共和国では、すでに国民の避難が始まっている。各地では竜神教会を拠点に支援が進められていたが、王城は国民を守るための決断を拒み続けている。
ターリドは気持ちを切り替え、臣下たちに告げた。
「今朝、魔術協会からも、命を守るための判断を下すよう最後の通達が届いた。先ほど、私は国王から宰相を解任された。
これで、私も皆も王城に縛られる必要はなくなった」
臣下たちの間に、驚きと安堵が広がった。
「皆の賃金については、国との魔法契約書に基づき、解任と同時に送金を済ませてある。
他の部署でも、退職を申し出た職員への支払いは行われている。
国外の銀行ギルドでも引き出せるよう手配してあるので、心配はいらない」
「もう、そこまで手配されていたのですか?」
「ああ。皆が長年働いてきた正当な対価だからな。
国王の許可がなくとも、魔法契約書に定められた権利まで失われるわけではない」
ターリドは、臣下たちが安心して王城を離れられるよう、必要な準備を整えていた。
彼らにも家族があり、守るべき暮らしがある。
国を支えてきた者たちが、避難先で生活に困るようなことがあってはならない。
「すぐに竜神教会を目指してくれ。家族は先に避難させてあるな?」
「はい。家族には、先に避難するよう伝えてあります」
「そうか。ならば、あとは皆が無事に合流するだけだ」
ターリドは、一人ひとりの顔を確かめるように見渡した。
「避難先では、アマン家の者たちと合流してくれ。
ジェイドには受け入れについても話を通してある。
全員受け入れ可能だと返事をもらっている。
これからは、自分と家族の命を守ることを最優先に行動してほしい」
「ターリド様は、どうなさるのですか?」
臣下の一人が、不安そうに尋ねた。
「私も王城を出る。そして、国民を守るためにできることを続けるつもりだ」
ターリドは、迷いなく答えた。
「国王が何を言おうと、私が国を守るという決意は変わらない」
その言葉に、臣下たちの表情が引き締まった。
彼らもまた、王城や王族のためだけに働いてきたわけではない。この国に暮らす人々が安心して生活できるよう、それぞれの立場から力を尽くしてきたのだ。
だからこそ、国民の命よりも自分たちの暮らしを優先する国王の姿勢を、受け入れることはできなかった。
「それから、王城を出る前に、必ず守ってほしいことがある」
ターリドの声が、わずかに厳しくなった。
「自分の私物以外は、何も持ち出さないこと。王城の備品や食料、その他の物資にも、一切手を触れないでほしい」
「備品も、ですか?」
「ああ。普段から使っている物であっても、王城の所有物であることに変わりはない。
退職者が王城の物資を持ち出すことは、王家の権限によって厳しく管理されている。
自分の物だと思い込んで持ち出せば、盗難として扱われる。」
ターリドは、臣下たち一人ひとりに目を向けた。
「大丈夫だとは思うが、念のためだ。
私の管理外だから助けることができないことを先に伝えておく。
王城の備品を持ち出せば、盗難の罪に問われ、王城の魔牢に自動収監されることになる。裁判が終わるまでは、王城から出ることもできない」
臣下たちの顔から、安堵の色が消えた。
避難を急ぐ中で、使い慣れた備品や手近にある物資を持ち出そうとする者がいないとも限らない。
だが、わずかな物を持ち出しただけで魔牢に収監され、避難の機会を失うことになれば、取り返しがつかなかった。
「それに、もう一つ重要なことがある。
王城の結界は古く、今の状態でスタンピードを必ず防げるという保証はない」
その言葉に、臣下たちは息を呑んだ。
「王城だから安全だと考えて、避難をためらってはいけない。
結界が破られれば、ここに残った者たちも危険にさらされる。」
ターリドは、静かに言葉を続けた。
「速やかに王城を出てくれ。家族の待つ避難先へ向かうんだ」
「承知しました。すぐに王城を出ます。」
臣下たちは、深く頭を下げた。
長年仕えてきた王城を離れることに、思うところがないわけではなかっただろう。それでも、彼らはもう迷わなかった。
国王が避難を認めない以上、王城に残っていても国民を守ることはできない。備蓄が解放される見込みもなく、国を立て直すための改革も望めなかった。
ならば、今、自分たちにできることをするしかない。
臣下たちはターリドに別れを告げ、私物をまとめ、速やかに王城を後にした。
ターリドは彼らを見送り、静かに息を吐いた。
国王は自分たちの暮らしを守ることばかり考え、国民のために使うべき資金さえ手放そうとしなかった。
王族として生まれたことは、贅沢をするための特権ではない。国を支え、そこに暮らす人々を守るためにこそ、その立場を使うべきなのだ。
ターリドは、自分がやるべきことを、見失ってはいなかった。




