426 デューヌ山脈に築く命の防壁
「もう、そこまで進んでおるのか……」
竜神様の声が低く響いた。
「はい。すでにアズマサール共和国へ通達しましたが、当初は避難する動きがまったくありませんでした」
クロリナラドは、これまでの経緯を順を追って説明した。
「そこで、竜神教会、精霊協会、魔術協会、市民学校、魔術学園、各ギルドの掲示板を通じて、前回アーシャ愛幸国で発生した映像を添え、共和国各地に避難を呼びかける案内を掲載しました。
その結果、危険性を理解した人々が、ようやく移動を始めています」
「映像を見て、ようやく事態の深刻さを理解したということか」
「はい。前回のアーシャ愛幸国での対応を踏まえ、今回は被害の実態を映像で伝えることにしました。脅威を具体的に知ったことで、避難の必要性を理解したようです」
竜神様は、複雑な表情で頷いた。
「そうか……」
「アズマサール共和国の北には、デューヌ白銀国が隣接しています。ただし、両国の間にはデューヌ山脈が広がっているため、魔獣が山脈を越えて侵入する可能性は低いと判断しました」
「なるほど。山脈を利用するのだな」
クロリナラドはルノアに視線を向けた。
「山脈には、古くから修行の地として竜神教会が数多く建てられています。そこで、山脈に点在する教会同士をノアの魔力糸で繋ぎ、魔獣の侵入を防ぐ魔力壁を作りました。現在、最終調整を進めています」
竜神様はルノアを見つめた。
「なるほど。どのような仕組みなのだ?」
「教会の屋根と屋根を魔力糸で繋ぎ、山脈に沿って壁を作りました。竜たちにも突破を試してもらいましたが、破られることはありませんでした。十分な強度があると思います」
「そうか……。それならば、魔獣の侵入を防ぐこともできそうだな」
「魔力石を作るよりも、魔力糸の方が私の負担が少ないのです」
ルノアが答えると、クロリナラドが続けた。
「さらに、教会同士を繋いだことで、避難する人たちの移動にも利用できるようになりました。一つの教会がいっぱいになった場合は、空いている別の教会へ移動してもらう予定です」
「防壁だけでなく、避難経路としても活用するのか」
「はい。魔力糸で繋がっているため、スタンピードの最中でも教会から別の教会へ移動できます。
避難先が一か所に集中することを防ぎ、より多くの人々を受け入れられるようにしました」
竜神様は感心したように頷いた。
「よく考えたな」
「教会を管理する方々にも協力していただき、各地で受け入れの準備を進めています」
ルノアが答えると、クロリナラドが補足した。
「現在は、元王族のアマン家が中心となって避難誘導を進めています。現地の状況を確認しながら、各教会へ人々を振り分けているところです」
その名を聞いた竜神様は、静かに目を細めた。
「そうか……。アマンからの真摯な祈りは、もう何年も受け取っている」
その声には、長年にわたってアマン家の祈りを見守ってきた竜神様の思いが込められていた。
しばらく沈黙した後、竜神様は表情を曇らせた。
「今回のスタンピードは、悪意が溜まったことが原因なのだな。王族への不満が積もった結果だと考えているのか」
「はい。国民の不満が何年も積み重なり、国全体に悪意が広がったことで、魔力溜まりにも影響が及んだのではないかと考えています」
「そうか……。残念なことだ」
竜神様は静かに呟いた。
「国を治める者たちが民の声に耳を傾けなければ、国そのものが弱ってしまいます。国の地力が落ちれば、魔素にも影響が出てしまうのですから」
クロリナラドの言葉に、ルノアも表情を曇らせた。
国を治める者たちの行いによって、何の罪もない人々まで危険にさらされている。
スタンピードが発生すれば、多くの命が魔獣の脅威にさらされる。避難が間に合わなければ、人々の暮らしも失われてしまうだろう。
すべての問題をすぐに解決することはできなくても、危険を知らせ、安全な避難先を整えることはできる。
「避難する人たちが無事に教会を目指せるよう、魔力糸の壁を早急に完成させます。教会同士の繋がりも確認し、移動に支障がないよう調整を続けます」
クロリナラドが決意を込めて告げると、竜神様は力強く頷いた。
「うむ。状況に変化があれば、すぐに報告してくれ」
「承知しました。引き続き、竜たちと協力して対応します」
クロリナラドは丁寧に頭を下げた。
報告を終えると、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。
それまで二人のそばで静かにしていた福が、再び大きな翼を広げた。真っ白な羽毛がふわりと広がり、クロリナラドとルノアをすっぽりと包み込む。
福は二人を優しく覆うように翼を寄せ、満足そうに寄り添った。
ルノアは福の羽毛を撫でながら、穏やかに微笑んだ。
これからアズマサール共和国では、多くの人々が住み慣れた故郷を離れ、避難生活を送ることになるだろう。
それでも、危険を知らせ、逃げ道を確保し、命を守るためにできることはある。
一人でも多くの人が無事に避難できるように。
そして、訪れる脅威から人々の暮らしを守れるように。
ルノアたちは、完成を急ぐ魔力糸の防壁と避難経路の確認に向けて、改めて力を尽くすことを心に決めていた。




