423 祝福の中で選ぶ二人の未来
リシューは、以前から気になっていたことを尋ねた。
「皆さん……もしかして、私たちのことは、初めからご存知だったのですか?」
恥ずかしそうに尋ねるリシューに、ルノアは小さく微笑んだ。
「はい。初めての授業のとき、ヴァリー伯父様が突然動きを止めて、リシューを見つめていましたから。
それに、お二人の喜びや歓喜が光となって溢れていて、とても綺麗だったんです。
あまり見られない光景だと思うと、私まで嬉しくなりました。
『運命の番』なのだな、とすぐに分かりましたよ」
「そんなに分かりやすかったのですか……?」
リシューは頬を赤らめ、隣に立つヴァリアードを見上げた。
「仕方ないだろう。お前を見つけた瞬間だったんだから」
ヴァリアードは、少し困ったように笑った。
「それに、伯父様は授業中も驚くほどリシューを気にかけていました。ルルやフォルたちも、きっと気づいていると思います。
学院に戻ったら、ルルにも正式に報告してあげてくださいね」
「そうだったのですね……。分かりました。ルルには私から話しますね」
リシューは照れくさそうに頷くと、今度はサラたちへと向き直った。
「サラ様たちにもお会いできて嬉しいです。どうか、リシューと呼んでください」
その言葉に、ルノアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「実は、サラ様たちは精霊界でも我が国でも、とても有名な方々なのです。精霊王様たちからもお話をたくさん伺っていたので、お会いできる日を楽しみにしていました。本当に光栄です」
リシューがそう説明すると、サラは穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。ヴァリアード様からは、私のことをサラさんと呼んでいただいております」
そう答えたサラは、改めてリシューへと向き直った。
「リシュー様。今後は精霊王様たちからも頼まれておりますので、私とサラナがリシュー様のお側につくことになりました。サラナ、ご挨拶を」
呼びかけられたサラナが、一歩前へ出て丁寧に礼をした。
「初めまして、サラナです。リシュー様、本当におめでとうございます。今後は、西の精霊王様とリシュー様、そして天上宮殿を担当することになりました。どうぞ、様はつけずにサラナとお呼びください。よろしくお願いいたします」
「分かりました、サラさん、サラナ。こちらこそ、よろしくお願いします」
リシューも丁寧に礼を返した。
これから、天上宮殿での暮らしも、精霊王様たちとの関わりも、少しずつ変わっていくのだろう。
それでも、不安はなかった。
隣にはヴァリアードがいて、自分を温かく迎えてくれる人たちもいる。
リシューは、そっと左手首に触れた。
そこには、ヴァリアードとお揃いの『命環の契』の印が刻まれている。
隣に立つヴァリアードも、同じ印に目を落としていた。
「リシュー」
「はい?」
「これからのことを、二人で話し合おう。それと……俺のことは、ヴァリアードと呼んでほしい。」
リシューは一瞬、目を丸くした。
「……はい。ヴァリアード」
慣れない呼び方に、頬がほんのりと赤く染まる。
二人が微笑み合ったとき、福が嬉しそうに翼を広げた。
『ヴァリアード、リシュー。竜神様からのお言葉だよ』
その場にいた者たちは福へと視線を向け、右の掌を左胸に当てると、深く腰を下げた。
『皆、頭を上げよ。
ヴァリアード、リシュー。『命環の契』、本当におめでとう。二人が結ばれ、私も嬉しく思う』
竜神様の温かな祝福に、リシューは感謝を込めて軽く頭を下げた。
『今後のことについては、精霊王様たちとも話し合った。
今は学院生活への影響も考慮し、リシューの『運命の番』が見つかったことだけを公表してはどうか、という結論になった』
福は二人の様子を確かめるように、一度言葉を切った。
『ヴァリアードは、すでに多くの肩書きと仕事を抱えている。これ以上負担が増えることもあるだろうが、互いを敬い、大切にするのだ。
そして、いつも誠実に祈りを捧げてくれていることに感謝する』
竜神様のお言葉に、ヴァリアードは苦笑した。
「確かに、今は教師と生徒だからな。竜神様たちのお考えは理解できる。公表する範囲については、俺たちでもよく相談して決めよう」
「はい。私も、今は学院での生活を大切にしたいです」
リシューも真剣な表情で頷いた。
「そうだな。ありがとう、福様。竜神様にも、きちんとお礼を伝えておいてくれ」
『うん、分かったよ』
福が嬉しそうに頷くと、ヴァリアードはその場にいる皆を見渡した。
「それで、もう一つ相談したいことがあるんだ」
いつになく真剣な声に、ルノアたちも耳を傾けた。
「俺は仕事の関係で、竜皇国、ヨーリアン帝国、カーナリアン王国を行き来している。今後は、西大陸のランボトル精霊国も加わるだろう。
そこで、リシューの国に婿入りした方がいいのか、それとも今の立場を維持した方がいいのか、考えているんだ。国同士の調整も必要になるだろうし、俺たちがどこを拠点に暮らすのがいいのか、皆の意見を聞かせてほしい」
最初に口を開いたのはラルフだった。
「いや……俺なら、どこの国にも所属しない道を選ぶな。
ヴァリアードは、すでに多くの肩書きを持っているだろう。特定の国に属せば、その国との関係を理由に、ほかの国から干渉される可能性もある。
だからこそ、あえてどこにも所属しない立場を保つ方が、余計な問題を避けられると思う。後ろ盾には精霊王様たちがいらっしゃるし、今回は竜神様の神託も受けただろう?」
「なるほど……確かに、その方が動きやすいかもしれないな」
ヴァリアードは考え込んだあと、リシューへと視線を戻した。
「リシューは、これからも天上宮殿で暮らしたいか?」
「え……?」
突然尋ねられ、リシューは目を瞬かせた。
「俺は仕事で転移や移動を繰り返しているから、住む場所にはこだわらない。マクアリール公爵領の王都にも、タスワンズ湖にも家がある。竜皇国とヨーリアン帝国にも、寝に帰る程度だが、住める家は用意されているんだ。
教師の仕事以外にも、いろいろな種族から頼まれて『御用聞き』や『御使い』をしている。エルフの里へ行くこともあれば、薬草の採取や魔獣討伐を頼まれることもある。俺にとっては、世界中が仕事場なんだ」
ヴァリアードは、リシューの気持ちを確かめるように続けた。
「だから、一緒に暮らすとなれば、決まった場所に住み続けるのは難しいかもしれない。もちろん、天上宮殿を拠点にして、必要なときに転移で行き来する暮らし方でもいい。
どこにいても、毎日リシューのもとへ帰ると約束する。だから、リシューはどうしたい?」
リシューは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「私は、これまで天上宮殿だけで過ごしてきました。外の世界を知る機会は、ほとんどありませんでした」
そこで一度言葉を切り、隣に立つヴァリアードを見上げた。
「ですから……できれば、世界中を旅してみたいです。それに、ヴァリアードのお仕事についても少しずつ学んで、いつかお手伝いができるようになりたいです」
「俺の仕事を手伝いたいのか?」
「はい。まだ何も分かりませんけれど、これから学んでいきたいと思っています」
リシューは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ですから、一つの場所に留まるよりも、精霊王様たちの庇護のもと、どの国にも属さず、ヴァリアードと一緒に世界を巡りながら暮らしたいです。その方が、私には合っていると思います。
もちろん、安全に暮らせることが一番大切です。危険があるときや、何か問題が起きたときには、その都度二人で相談して決めていくのはどうでしょうか?」
ヴァリアードは、思いがけない答えにしばらくリシューを見つめた。
リシューは、ただ自分に合わせようとしているのではない。自らの意思で、新しい世界へ踏み出そうとしているのだ。
「本当に大丈夫か?」
ヴァリアードは心配そうに眉を寄せた。
「無理をしてまで、俺に合わせる必要はないんだぞ」
「無理をしているわけではありません。私自身が、そうしたいと思っているのです」
リシューは、握られていた手をそっと握り返した。
「まだ知らないことばかりですから、これからたくさん学んでいきたいです。ヴァリアードと一緒なら、きっと楽しいと思います」
その言葉に、ヴァリアードは困ったように笑った。
「……俺の仕事についてくるとなると、かなり忙しくなると思うんだが。とにかく雑用がとても多いんだ」
「それでも、私は一緒に行きたいです」
リシューは照れながらも、はっきりと頷いた。
その姿を見守る皆の顔にも、温かな笑みが浮かんでいた。




