419 ヴァリアードの運命の番
ヴァリアードは、今日から始まるヨーリアン帝国魔術学院の授業に向けて、サラさんと教材の準備を進めていた。
朝から、サラさんも妖精様や精霊様たちも、どこか落ち着かない様子だった。
何度尋ねても、はっきりとした理由は教えてくれない。
「なあ……何度も聞いているが、最近のお前たちはどうしたんだ?
朝からそわそわしているし、サラさんまで落ち着かないじゃないか。
体調が悪いわけではないんだな? 本当に大丈夫なのか?」
サラさんは困ったように苦笑した。
「申し訳ございません。落ち着かない様子が気になられますか?」
「敬語もいらないのに……。俺がこうして快適に過ごせるのも、みんなのおかげだ。いつも感謝している。体調が悪いわけじゃないなら、それでいい」
ヴァリアードがそう告げると、サラさんはほっとしたように微笑んだ。
実のところ、ヴァリアード自身も、いつもとは違う感覚に戸惑っていた。
マクアリール公爵家からヨーリアン帝国へ転移した瞬間、何か温かなものに包まれたような、不思議な安心感を覚えたのだ。
「なんだ、これは……。誰かが魔術を使っているのか? 今まで感じたことのない魔力……いや、精霊魔法なのか?」
原因は分からなかったが、授業の開始時間が迫っている。
ヴァリアードは気持ちを切り替え、準備を続けた。
ところが、どうにも集中できない。
「……おかしいな。どうして、こんなに集中力が続かないんだ?」
理由が分からないまま、ヴァリアードは特級クラスへ向かった。
教室前の廊下に転移した。その瞬間だった。
リシューと目が合った。
「………!!」
たったそれだけのことだったのに、ヴァリアードは彼女から目を離せなくなった。
胸の奥から、これまで経験したことのない感情が一気に込み上げてくる。身体の中心から温かな何かが広がり、懐かしさと喜び、そして強い安堵が押し寄せた。
初めて会ったはずなのに、ずっと探し続けていた相手をようやく見つけたような感覚だった。
そして、身体の奥底から確かな声が響いた。
――私の番だ!
――ようやく、番を見つけた!
『運命の番』が、目の前にいる。
ラルフが以前、話していた言葉が脳裏によみがえった。
『会えば、すぐに分かる』
「……本当に、その通りだったな」
思わず口にしそうになった言葉をのみ込み、ヴァリアードは深く息を吸った。
これから授業が始まる。教師として、やるべきことがある。
『落ち着け。何をやっているんだ、授業に集中しろ!』
必死に自分へ言い聞かせる。
しかし、リシューが近くにいるだけで、心が満たされるような安心感がある。
一方、彼女を意識するたびに胸が苦しくなった。
こんなにも感情を乱されることは、今までになかった。
ましてや、教室には生徒たちがいる。こんな格好の悪い姿を誰にも見せるわけにはいかない。
ヴァリアードは何事もなかったかのように教壇へ立ち、授業を始めた。
彼は生徒たち一人ひとりの状態を確認しながら、必要に応じて補助をしていく。
ところが、気がつけばリシューの様子ばかりを気にしていた。
魔力の状態に問題はないか。
無理をしていないか。
周囲の魔力に影響されていないか。
ほかの生徒たちにも目を配っているつもりだったが、どうしてもリシューを重点的に守ってしまう。
自分の行動に気づき、ヴァリアードは内心で苦笑した。
「ルノア、リシュー」
呼ばれた二人が顔を上げる。
「全員に必要な最低限の癒しと、疲労回復をかけなさい。
癒しを施す際の加減について、互いに確認しておきなさい」
二人に声をかけたのは、必要以上に癒しを施さないよう、適切な加減を確かめさせるためだった。
ルノアはリシューの状態を確認すると、疲労が蓄積していることに気づいたようだった。
その様子を見届けたヴァリアードは、ふとルノアと目が合った。
ルノアは、すべてを察しているかのように、わずかに苦笑している。
『……気づいているな、ルノア』
ヴァリアードもまた、苦笑を浮かべながら小さく目礼した。
何とか午前中の授業を終えることができた。
この学院では、ヴァリアードの授業は慣れるまで、授業は午前中のみとなっている。
課題の多さに加え、魔力増幅の訓練による消耗も大きいため、午後は休養と自習に充てることになっていた。
生徒たちが教室を出たあと、ヴァリアードはサラさんを呼び止めた。
「サラさん。お前たちは知っていたのか?
どうして誰も教えてくれなかったんだ?」
サラさんは静かにヴァリアードを見つめた。
「私たちが干渉してはならないことだからです。
お二人が出会い、互いに何を感じられるのか。
それは、お二人自身のものですから……」
「……そうか」
「リシュー様も、ご自身の『運命の番』に気づかれたご様子でした。
安心いたしました。ヴァリアード様が番を見つけられたこと、心よりお祝い申し上げます。
私たちも、この日をずっと待ちわびておりました」
「そういうことだったのか……。
だから、朝からあんなに落ち着かなかったんだな」
ヴァリアードは、サラさんや妖精様、精霊様たちの様子を思い返した。
彼らは最初から知っていたのだ。それでも、自分たちの意思を尊重し、何も告げずに見守ってくれていた。
「ありがとう。俺たちのことを考えてくれていたんだな。それで、これからどうすればいい?」
「まず、お二人とも、しばらくは離れがたく感じられるでしょう。
学院内にいる間は、互いの存在を近くに感じることで、心身ともに安定されるはずです。
リシュー様が寮へ戻られるまでは、ヴァリアード様も学院に留まられることをお勧めします」
「やはり、そうか……」
「週末には、リシュー様が西の精霊王様にご報告されるでしょう。
ヴァリアード様も、タスワンズ湖で南の精霊王様にご報告なさってはいかがでしょうか」
「分かった。リシューの様子を見る限り、体調を崩す可能性もある。
保健室には精霊魔法を扱える医師が必要だ。今いるのは魔術医だけだろう?」
「はい。すでに手配しております。リシュー様も、保健室へ向かわれているところです」
サラさんの返答に、ヴァリアードは安堵した。
リシューが無理をしていないか、気になって仕方がなかったのだ。
しかし、教師として確認しておくべきことは、ほかにもあった。
ヴァリアードは表情を引き締めた。
「それから、今回の授業で……五名は、今のままでは特級クラスに残せない。
恐怖心が強すぎる。
残念だが、上級クラスへ移ってもらうしかないな。
次の試験でも、基準を満たせるかどうかは本人の努力次第だ」
「はい」
「あと三名は惜しかった。半年から一年ほど鍛錬を続ければ、特級クラスへ戻れる可能性は十分にある。
ただ、親が差別的な考えを持っている場合、リオンブラン王国への留学は難しいだろう」
ヴァリアードは少し考え込んだ。
「俺から親書を出すか? 俺が後押しすれば、リオンブラン王国への留学もしやすくなるかもしれない」
「そうですね。その三国は、差別的な考えを改める必要があります。
三名はいずれも王太子ですから……。
本人たちだけでなく、それぞれの国の将来にも関わる問題です」
「……そうだな。本人たちの学ぶ機会を、親の考えだけで奪わせるわけにはいかない」
ヴァリアードは今後の対応を考えながら、明日の下級クラスの準備へと取りかかった。




