414 サンセール ルルへの謝罪
ヴァリアードの授業が終わり、昼食を済ませた昼休み。
魔術学院の魔術練習区域に、ルノア、ルル、サンセール、フォル、ジュストの五人が集まっていた。
サンセールが特級クラスへ昇級したことで、以前から約束していたルルへの謝罪をするためだった。
二人が初めて出会ったのは、マクアリール公爵家だった。
当時のサンセールは、竜人という血筋を理由に他種族を見下し、獣人に対しても偏見を持っていた。まだ未成年だったルルの意思を考えることもなく、腰に触れようとしたのだ。
その結果、ルルの魔力によって吹き飛ばされた。
今思い返しても、恥ずべき行いだった。
あの頃のサンセールには、血筋以外に誇れるものがなかった。自分から努力することもなく、王太子の息子であり、竜人であるというだけで、自分には価値があると思い込んでいた。
自分の言動が相手をどれほど傷つけるのかさえ、理解していなかったのだ。
そして、自分の考えを口にしたところをルルに聞かれ、嫌われた。
その後、しばらくの間は『忘却』の魔法によって、自分の『運命の番』の存在さえ忘れていた。
けれど、サンセールは少しずつ変わっていった。
自分には何もないことを思い知らされ、ようやく学ぶことの大切さに気づいたのだ。魔術も勉強も、分からないことは周囲に教えを求め、鍛錬を重ねた。そうして、少しずつ謙虚さを身につけていった。
やがて『運命の番』の存在を思い出したとき、サンセールは自分が過去に何をしたのか、改めて突きつけられた。
深く反省し、何度も後悔して涙を流した。
それでも、過去を言い訳にするのではなく、これからの自分を変えようと決めた。
そして、努力を重ねた末に、ようやくルルと同じ特級クラスへ昇級し、卒業資格の試験にも合格した。
どちらも、かつての自分には成し遂げられなかったことだった。
だからこそ、今日だけは、自分の言葉でルルに謝罪したかった。
ルノアが五人の周囲に結界を張る。
「これで外には聞こえません」
サンセールはルルの前に立った。
「ルル様。マクアリール公爵家で初めてお会いしたときのことを、改めて謝罪させてください。本当に申し訳ございませんでした」
ルルは何も言わず、サンセールを見つめていた。
「私は獣人を差別し、ルル様の意思を考えることもなく、腰に触れようとしました」
サンセールは目を逸らさなかった。
「あのとき、ルル様の魔力で吹き飛ばされ、自分がどれほど間違っていたのかを思い知らされました。ですが、本当に自分の過ちと向き合えたのは、その後、自分自身の未熟さを知り、学び始めてからです」
サンセールは一度、静かに息を吐いた。
「あの日のことを忘れるつもりはありません。自分がしたことを、なかったことにするつもりもありません」
握りしめた拳に力がこもる。
「これからは、種族も身分も関係なく、同じ世界に生きる者として相手と向き合います。困っている者や、弱い立場にある者を見過ごさず、誰かを守れる人間になれるよう、これからも学び続けます」
そして、少しだけ顔を上げた。
「王妃様にも約束しました。死ぬまで努力を続けます。魔術も勉強も怠らず、もっと強くなります」
最後に、サンセールはルルの目を見て、はっきりと言った。
「慣習に基づく『婿入りの戦い』に参加することも、お許しください。」
右の掌を左胸に当て、腿の近くまで深く腰を下げる。
竜皇国式の正式な礼だった。
ルルはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「謝罪を受け入れます。」
サンセールが顔を上げる。
「ただし、これから守ってほしいことがあります」
ルルは真っすぐにサンセールを見つめた。
「私は、これからも学ぶことを優先します。学びの場以外では、異性と必要以上に接するつもりはありません」
一度言葉を切り、続ける。
「サンセール様も、必要以上に話しかけたり、近づいたりしないでください。よろしくお願いします」
「分かりました」
サンセールは迷うことなく答えた。
「ルル様の意思を尊重します。学院では、これまでどおり同じ学生として接します」
「お願いします」
ルルが小さく頷いた。
謝罪を受け入れることと、相手との距離を縮めることは別だった。
ルルはサンセールの反省を認めたうえで、自分が望む関係をはっきりと伝えたのだ。
それを見届けたジュストが、静かに口を開いた。
「今日のお話はこれで終わりですね」
続いて、フォルがサンセールを見た。
「サンセール。私たちが特級クラスに昇級し、卒業資格にも合格できたのは、これまで努力を重ねてきたからだ」
「はい。」
「けれど、それで終わりじゃない。これからも、その結果に見合う者であり続けなければならない。私たちも同じだ」
フォルは一度言葉を切り、ルルへと向き直った。
「弟の振る舞いを止められず、不快な思いをさせてしまったことを、私たち兄弟からも謝罪させてほしい。私もジュストも、深く反省している。本当に申し訳なかった」
フォルとジュストは、そろって右の掌を左胸に当て、深く腰を下げた。
二人もまた、竜皇国式の正式な礼を取った。
ルルは二人を見つめ、静かに答えた。
「はい。謝罪を受け入れます」
二人が顔を上げると、ルノアは五人を見渡してから、張っていた結界を解いた。
ルノアは穏やかに声をかけた。
「では、戻りましょう」
「うん」
ルルが頷き、ほかの三人も歩き出す。
五人は連れ立って魔術練習区域を後にした。
こうして、以前から約束していたサンセールの謝罪は終わった。
過去の自分を変えることはできない。
けれど、これからの自分は、自らの努力で変えていける。
サンセールは、その一歩をすでに踏み出していた。




