412 特級クラス それぞれの選択
一人の生徒が挙手した。
「質問をしてもよろしいでしょうか? ……少し恥ずかしいことなのですが」
生徒は一度言葉を飲み込み、それから恐る恐る尋ねた。
「結界を張り続けながら、課題をきちんと提出していれば……半年後の学力確認試験には、合格できるのでしょうか?」
教室が静まり返った。
特級クラスにいる限り、授業中は結界を維持しなければならない。それだけでも魔力を消費する。
そこへ、今日のような魔力増幅の訓練まで加われば、授業や課題に使える魔力が足りなくなるのではないか。
誰もが同じ疑問を抱いていた。
ヴァリアードは、生徒の意図を理解したように頷いた。
「そうだな……まず、そこを勘違いしないようにしておこう」
全員へ視線を向ける。
「今日、授業が始まる前に行った魔力増幅は、結界を張るためのものではない」
生徒たちが顔を上げた。
「魔力増幅は、身体の中にある魔力そのものを鍛え、少しずつ総量を増やしていくための訓練だ。これは今後、卒業まで続ける」
「では……結界は?」
別の生徒が尋ねた。
「結界は別だ」
ヴァリアードは簡潔に答えた。
「この特級クラスでは、ルノア、リシュー、ルルの三人が、自分たちの魔力を周囲へ漏らさないため、常時結界を維持している」
三人へ視線が集まる。
「三人の魔力は、量が多いだけではない。密度も圧も特殊だ。制御していても、何もしなければ周囲の生徒に負担を与える」
教室が静かになる。
「だから三人は、普段から自分たちの魔力を結界の内側に抑えている。お前たちがこれまで普通に授業を受けられていたのも、その結界のおかげだ」
生徒たちは、先ほどまでのことを思い出した。
ヴァリアードの魔力を受けたときに感じた、あの圧力。
そして、その中でも平然としていた三人。
「つまり……」
質問した生徒が、恐る恐る口を開く。
「魔力増幅によって自分たちの魔力を増やす。それとは別に、三人の魔力から身を守るため、結界を維持する……ということですか?」
「その通りだ」
ヴァリアードが頷いた。
「魔力増幅と結界は別のものだ。ただし、お前たちにとって無関係というわけではない」
「……どういう意味でしょうか?」
「魔力増幅によって、お前たち自身の魔力量が増えれば、結界を維持する余裕も生まれる。
今は結界を張るだけで苦しい者もいるだろう。だが、魔力が増えれば、その負担は少しずつ軽くなっていく」
生徒たちは息を呑んだ。
「だから、私はこの訓練を全クラスで行う」
ヴァリアードは続けた。
「この五年間、ヨーリアン帝国魔術学院が許可してきた誤った魔道具の使用によって、世界中で魔力の減少が起きた」
その言葉に、生徒たちは黙って耳を傾ける。
「今後は、世界各国の魔術学園でも魔道具の利用が禁止される。
ヨーリアン帝国魔術学院の推薦入学制度も廃止され、全員が魔道具を使わずに『魔導適性考査』を受ける。
そして合格したものが入学することになる」
ヴァリアードは淡々と続けた。
「先ほど、魔術協会と精霊協会の連名で正式に発表された」
「……では、上級クラスでも?」
「ああ。下級クラスも含め、実力の調整を行いながら、すべてのクラスで卒業まで続ける」
ヴァリアードは静かに答えた。
「努力すれば、魔力は必ず増える。今の結界維持が苦しいからといって、それが卒業までずっと同じ負担になるとは限らない」
そして、質問した生徒を見る。
「特級クラスで結界を維持しながら、授業を受け、課題をきちんと提出していれば、半年後の学力確認試験には合格できる」
生徒の表情が、少しだけ和らいだ。
だが、ヴァリアードは続ける。
「ただし、課題も特級クラスの上位成績者に合わせた内容になる。当然、簡単ではない」
「……はい」
「ここにいる者たちが、全員卒業を目指していることは分かっている。
真剣に考えているからこその質問だということも理解している」
ヴァリアードは一度、教室全体を見渡した。
「特級クラスに残るのか。上級クラスへ移るのか。
それとも、リオンブラン王国への留学を選ぶのか。
自分の卒業を考えて決めればいい」
少し間を置いて、続ける。
「リオンブランへの留学の締め切りは、二週間後だったな」
全員を見回す。
「ならば、この二週間を、自分の進路について考え直す時間にするといい」
そして、生徒へ向けて言った。
「もちろん、もう特級クラスで続けるのは難しいと判断した者は、二週間を待つ必要はない。
授業のあと、教務部へ行きなさい。上級クラスへの移動について相談すればいい」
生徒は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。家族とも相談して、もう一度よく考えます」
「それでいい」
ヴァリアードは静かに頷いた。
「自分の限界を知ることは、恥ではない。
大切なのは、自分に必要な環境を自分で選ぶことだ」
そして、少しだけ声を柔らかくした。
「今、お前たちが学んでいる時間は、将来の自分を支えるための貴重な時間だ。これほど学ぶことだけに向き合える時間と環境は、これから先、そう何度も与えられるものではない」
生徒たちは黙って耳を傾けている。
「だからこそ、今ある時間を大切にしなさい。
努力したことは、必ず自分の力になる。
苦しい経験も、失敗も、すべてが無駄になるわけではない」
ヴァリアードは全員を見渡した。
「だから、努力を惜しむな」
その声には、教師としての強い意志が込められていた。
「私は、お前たち全員が卒業できるよう支えていく。それぞれが自分で選んだ道で、最後まで学び続けなさい」
その言葉に、生徒たちは静かに頷いた。
そしてヴァリアードは、いつもの授業の顔に戻った。
教室の空気が、わずかに引き締まる。
「では、課題に向けて、『魔道具学・発展理論』の第四十五章を開け。今日は、そこから説明する」
生徒たちは一斉に教本を取り出した。
ページをめくる音が重なり、静かだった教室に、ようやくいつもの授業の空気が戻ってきた。




