408 学院の食堂で
週末を終え、学院での生活が再び始まった。
朝の食堂には、いつもと変わらない穏やかなざわめきが広がっている。
さまざまな種族の生徒たちが、それぞれの席で朝食を取っていた。
ルノアもリシューとルルと一緒に席へ着く。
「週末はどうだった?」
リシューが尋ねる。
「ゆっくり過ごせたよ。」
ルノアが答えると、ルルも嬉しそうに笑った。
「私、緊張してたのか……ものすごく寝てしまった。」
三人で話しながら食事を始める。
ふと、ルノアは机の中央に置かれている調味料に目を向けた。
週末、父から聞いた話を思い出したのだ。
「そういえば、これ……」
ルノアはテンサイ糖の入った容器を手に取った。
「果物に少しかけてもいいんだって」
「え?」
リシューが首を傾げる。
「これ、使っていいの?」
「はい。お父様に教えてもらったの。食堂に置かれている調味料は、料理の味を自分の好みに合わせるために使っていいんだって」
「知らなかった……」
リシューが驚いたように容器を見る。
ルルも興味深そうに覗き込んだ。
「果物にかけてもいいの?」
「はい。テンサイ糖なら、果物にも合うって聞いたよ」
ルノアは果物にほんの少しだけ振りかけた。
「こうやって、少しだけでもいいみたい。」
リシューも真似をして、果物に少量のテンサイ糖をかける。
「本当だ。少し甘くなるね」
ルルも同じようにテンサイ糖をかけた。
それを見て、ルノアがふと思った。
「ルルは、味が濃いのは苦手なの?塩味も甘いのも大丈夫?」
「ううん。大丈夫だよ」
ルルはにっこり笑った。
ルノアは安心したように頷いた。
「でも、誰でも同じように調味料を使えないから……」
「どういうこと?」
リシューが尋ねる。
ルノアは週末に父から教えてもらったことを思い出しながら説明した。
「種族によっては、塩分も、糖分も、控えたほうがいい種族もいるって。
それに、体質によって食べられない食材がある者もいると聞いたんだ。」
「そうなんだ……」
リシューが周囲を見渡す。
「だから、学院の食事は薄味なの?」
「うん。最初から味を濃くしてしまうと、食べられない者が出てしまうからだそう。
必要な者が、自分に合わせて調整できるようになっているって」
「なるほど……」
ルルも納得したように頷いた。
「みんなが食べられるようにしてあるんだね」
「そういうことだと思う」
そのとき、ルルが何かに気づいたように顔を上げた。
「ねえ、ルノア」
「はい?」
「あそこに書いてあるよ」
「どこですか?」
ルルが食堂の壁に掛けられた大きなメニュー板を指差す。
今日の料理名が並ぶ、その下の小さな注意書き。
そこには、はっきりと、
『味 加減 自由』
と書かれていた。
「あ、本当だ。小さい字」
ルノアが目を向ける。
リシューも立ち上がるようにしてメニュー板を確認した。
「本当に書いてある……」
「私たち、今まで気づかなかったね」
ルルが笑う。
「そうだったんだ。」
ルノアも小さく笑った。
「これなら、食堂では自分の好みに合わせて調味料を使っていいんだね。」
「うん。ちゃんと書いてあったんだ」
リシューは感心したようにメニュー板を見つめた。
そのときだった。
「……あの」
ルノアの隣に座っていた席から声がした。
一人の上級生がこちらを見ていた。
頭上には学院の魔術によって名前が表示されている。
そこには、『タリア 二年』
と記されていた。
「ごめんなさい。話が聞こえてしまって」
タリアは少し申し訳なさそうに言った。
「大丈夫です」ルノアが答える。
タリアはメニュー板へ視線を向けた。
「そうだったのね。私、全然知らなかった」
「知らなかったんですか?」
ルノアが尋ねる。
「うん。私、二年目なんだけど……」
タリアは少し恥ずかしそうに笑った。
「テンサイ糖って、家では食べられないくらい高価なものなの。
だから、学院に置いてあるのを見ても、怖くて手が出せなくて……」
タリアは小さく頷いた。
「周りの子たちも誰も使っていなかったから、ずっと『使ってはいけないもの』なんだと思っていたの」
「そうだったんですね……」
ルノアは少し驚いた。
学院では当たり前のように置かれているものでも、家庭によっては高価で、気軽には使えない。
「国によっては、味を変えることが料理人への失礼になる場合もあるそうですし、自分で味を調整することを普通にしている国もあるそうです」
「なるほど……」タリアは頷いた。
「文化によって、食事の作法も違うんだね」
「はい」
「学院では、こういうことも知っておいたほうがいいんだわ」
タリアは改めてメニュー板を見た。
「それにしても、二年目になっても知らないことってあるんだ」
「私も家族に週末に教えてもらって初めて知りました」
ルノアが笑う。
「じゃあ、私も今日から少し使ってみようかな」
タリアがテンサイ糖の容器を見る。
「でも、本当に自由に使っていいの?」
「メニュー板に書いてありますから、大丈夫だと思います」
ルノアが答える。
タリアは少しだけ迷ってから、テンサイ糖を手に取った。
「じゃあ……少しだけ」
果物にほんの少し振りかける。
そして、一口食べた。
「……美味しい」
「よかった」ルノアが笑う。
「これなら、もっと早く知っていればよかったな」
タリアも嬉しそうに笑った。
そして、ふと三人を見る。
「ところで、一年生だよね?」
「はい」
「じゃあ、そんなに丁寧に話さなくていいよ」
「え?」ルノアが目を瞬く。
「学院では、学年が違っても名前を呼び捨てでしょう?」
タリアは自分の頭上に表示された名前を指差した。
「私もタリアって表示されているでしょう?」
「そうですね」
「だから、先輩だからって敬語にしなくていいんだよ」
タリアはにこりと笑った。
「名前も呼び捨て。遠慮なし!」
ルノアは少し考えてから頷いた。
「……分かった。タリア。よろしくね」
「うん。よろしく!」
タリアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私もルノア、リシュー、ルルって呼ぶね」
「はい」
「うん」
「分かった」
三人もそれぞれ頷いた。
四人はそのまま食事を続けた。
テンサイ糖をきっかけに、隣に座った先輩と知り合った。
同じ場所で学んでいても、育った環境が違えば、当たり前だと思っていることも違う。
だからこそ、知らないことを尋ね、相手の事情を知ることに意味がある。
ルノアはそんなことを考えながら、少し甘くなった果物を口に運んだ。




