406 魔道具管理部の変化
ヨーリアン帝国魔術学院の魔道具管理部は、以前とは少し違った空気になっていた。
「この魔道具人形は、昨日の点検では異常ありませんでした」
「記録と実物を、もう一度確認しておこう。部品の交換時期も照らし合わせてくれ」
以前なら、面倒な作業として簡単に済ませていた確認も、今では一つひとつ丁寧に行われている。
変化のきっかけは、ルノアの提案だった。
寮に配置されている魔道具人形を一斉に点検したことで、これまで見過ごされていた不具合だけでなく、管理記録の不備や不正まで次々と明らかになった。
前学院長との縁故で採用され、ほとんど仕事をしていなかった職員もいた。
一方で、真面目に働いていた職員たちは、高位貴族と関係のある者に意見を言うこともできず、不満を抱えながら仕事を続けていた。
今回の調査で不正が確認された職員は、全員が解雇された。
中には、魔道具人形が記録した証拠によって問題が明らかになり、そのまま連行されて戻ってこなかった者もいる。
そして、最後まで管理部に残っていた縁故採用者の一人が、ルシアンだった。
ルシアンは以前から、魔道具人形の修理や部品交換などを担当していたが、実際には自分で作業をすることはほとんどなかった。
誰かに仕事を押しつけ、必要な確認も他の職員に任せていた。
それでも前学院長との縁故があったため、長い間問題にされることはなかった。
今回、ルノアがワム、ラム、マムの三体を買い取るための手続きを進めたことで、その問題が表に出た。
「……この見積書、少しおかしくないか?」
担当職員が、購入金額を確認して眉をひそめた。
「三体とも長年使われている魔道具人形だ。部品の交換履歴も残っている。なのに、どうして新品に近い金額になっているんだ?」
別の職員が記録を確認する。
「部品代も妙に高い。それに、この交換記録……実物と合っていないぞ」
さらに魔道具人形が保存していた記録と照らし合わせると、ルシアンが実際よりも高額な部品代や修理費を計上し、その差額を不正に請求していたことが分かった。
「……また、ルシアンか」
誰かが小さく呟いた。
調査が進むにつれ、今回だけではなく、以前から同じような不正請求を繰り返していたことも明らかになった。
魔道具人形が残していた作業記録や交換記録が、何よりも確かな証拠になった。
そしてルシアンは、不正請求の罪で捕まった。
その知らせを聞いた職員たちは、しばらく黙っていた。
やがて、一人がぽつりと言った。
「……三体を買い取る金額まで、不正に引き上げていたんだな」
「そういうことだろうな」
「最後まで残っていた縁故採用者が、これでいなくなったわけか」
別の職員が、少しだけ肩の力を抜いた。
「ようやく、仕事をしないやつがいなくなったな」
その言葉に、周囲から小さな笑いが起こる。
「……なんだか、五年前に戻ったみたいだ」
「五年前?」
「ああ。あの頃は、ちゃんと仕事をしていれば、それが評価された。誰が誰と知り合いかなんて、今ほど仕事に関係しなかったからな」
そう言って、職員は少し懐かしそうに笑った。
「ようやく、まともだった頃に戻ったんだな」
その言葉に、誰も否定しなかった。
その後、管理部ではさまざまな改善が行われた。
これまでの仕事量も改めて確認され、それに見合った給与へと見直された。
さらに、正規の賞与も支給されるようになった。
魔道具人形の点検についても、担当者一人に任せるのではなく、複数の職員が記録と実物を確認する仕組みに変わった。
部品の交換、修理内容、使用した材料、魔力消費量、稼働時間なども記録される。
以前なら面倒だと思われていた作業だった。
しかし今では、その記録が職員自身を守ることも分かっている。
「記録を残しておけば、あとから誰かに仕事をしていないと言われても困らないな」
「それに、不正をする人間も誤魔化せなくなる」
「魔道具人形に仕事を見張られる日が来るとはな」
「見張られているというより、正しく記録されているだけだろう」
「……それが一番怖いんだが」
その言葉に、職員たちは笑った。
そして、ルノアの契約書も正式に処理された。
「三体とも、本当に卒業時に引き取る契約なんだな」
「ああ。希望者がいなければ、ルノアが三体とも購入するそうだ」
「三十年近く学院で働いてきた魔道具人形だ。最後まで使ってくれる人がいるのは、悪くないな」
魔道具人形たちも、その契約内容をすでに記録していた。
以前のように、誰かが勝手に金額を決めたり、記録を書き換えたりすることはできない。
管理部では今日も、一体ずつ魔道具人形の状態を確認していく。
誰かに命じられたからではない。
自分たちの仕事として、必要なことをきちんと行うために。
長い間、当たり前だったはずのことを取り戻しながら、職員たちは少しずつ、自分たちの仕事に誇りを持って向き合い始めていた。




