404 結界と自己紹介
「……実は」
リシューは少し迷ってから、二人を見つめた。
「私、ルノアとルルのことを、少し前から知っていたの」
ルルが首を傾げる。
「私たちのこと?」
「うん。身分のことは、学院では話してはいけないって分かっているから……言わないほうがいいと思っていたんだけど……」
リシューは言葉を選びながら話し始めた。
「ルルを助けた妖精さんが、タスワンズ湖から天上湖へ来てくれていて……
その妖精さんから、ルノアとルルの話を聞いていたの」
「そうだったんだ」
ルルが驚いたように目を瞬く。
「ルノアがタスワンズ湖を浄化して、ピカーッと綺麗にしたこととか……
オハギがものすごく美味しかったこととか……」
「オハギ……」
ルノアが少しだけ目を丸くする。
「それから、ルルがサンセールを投げ飛ばしたことも……」
「えっ!?」
ルルの顔が一気に赤くなる。
「妖精様! ちょっと違うよ。魔力で吹き飛ばしただけだから。そこまで聞いてるの!?」
「投げ飛ばすも吹き飛ばすも、あんまり変わらないよ! すげぇな、ルル!」
近くにいた妖精が楽しそうに笑った。
「ご、ごめんなさい!」
リシューが慌てて頭を下げる。
「話してはいけないこともあると思うの。
でも、知っているのに知らないふりをするのも、なんだか申し訳なくて……」
少し困ったように笑ってから、リシューは改めて二人に向き直った。
「私は、西大陸ランボトル精霊国ナターシアン公爵家次女、『西の精霊王様の愛し子』のリシューです」
ルノアは少し考えてから、柔らかく微笑んだ。
そして、念のため周囲を見渡す。
「大丈夫。ここには、しっかりと結界が張られているから」
「結界?」
「学院にも結界はあります。でも、魔法契約書で守秘義務を結んでいない人に、話を聞かれたり、知られたりする可能性はありますから」
ルノアは少し声を落とした。
「だから私の婚約者が、学院の学則に反すること以外については、私に関わる話を自室でしても問題ないよう、制限区域として結界の許可を取ってくれました」
リシューは真剣に頷く。
「これから、身分に関わる話は私の部屋でしましょう。よろしいですか、リシュー?」
「分かった」リシューが頷いた。
すると、ルノアが少し困ったように笑う。
「……敬語になっちゃった。いつも敬語だから、なかなか慣れないの」
それからルルを見る。
「あっ。ルルも知っているから、話して大丈夫だからね。
ただ、リシュー。
それ以外の人や、話す場所には絶対に気をつけてね」
ルノアは一度息を整えると、自分のことを話し始めた。
「私は、南大陸マクアリール公爵家長女のルノア。
『竜神様の愛し子』です。このことは内緒にしています。あと南の精霊王様から祝福もいただいています。」
「うん」
「それから、竜皇国王様の次男クロリナラド殿下の『運命の番』です。学院にも許可を取っています」
そして、ルノアは少し離れたところへ向かって声をかけた。
「……福ちゃん! 出てきて!」
「何? ルノア?」
魔空間から白い大きな梟が姿を現す。
「……あれ? ルルがいる!」
福はルルを見つけると、嬉しそうに近づいた。
「あっ! 西の精霊王様の愛し子様だ!
はじめまして。聖獣の福です。
福様って呼んでね」
そして、周囲を見渡す。
「あぁ……妖精様と精霊様がいっぱい! 悪戯しないでね。よろしくね、みんな!」
一人の精霊がすぐに答えた。
「福様……西の精霊王様から、悪戯は厳禁だと言われていますから、しませんよ。ここに来ているのも、そういうことをしない者たちだけです。
よろしくお願いします、福様」
「うん! よろしくね!」
続いて、ルルが福に向かって頭を下げた。
「福様。お久しぶりです」
そして、自分のことを話し始める。
「東大陸リオンブラン王国、国王の娘で長女のルルです。王族の慣習に基づいて、『婿入りの戦い』の勝者と十六歳で結婚する予定なの。それまでは学院でしっかり学びたいと思っています」
少しだけ苦笑する。
「竜皇国の王太子の三男、サンセール様から『運命の番』と言われていますけど……王族の慣習に基づいて、それ以外の異性とは、学びの場以外では交流しないと学院に許可を取っています」
そして、リシューに笑いかけた。
「よろしくね! 分からないことは、一緒にやっていこうね!」
リシューは小さく俯いた。
二人の言葉を、ゆっくりと胸の中で繰り返す。なぜだか嬉しかった。
けれど、しばらくするとリシューの表情が曇った。
「私……結界のことも、守秘義務のことも分からなくて……何も知らないまま話してしまったんだね。
ごめんなさい。これからは気をつけるね」
「リシュー?」
ルノアが心配そうに呼びかける。
「私、今までたくさんの人に守られて生きてきたんだと思う」
リシューは自分の手を見つめながら、小さく息を吐いた。
「閉鎖された世界にいたことは、自分でも分かっていたつもりだった。
でも……社会のことも、一般常識も、私は全然知らないんだね」
少し苦笑する。
「私、凄く世間知らずなんだわ……」
ぽつりと呟いたあと、顔を上げた。
「週末に帰ったら、従事者の皆さんにちゃんとお礼を言わなきゃ」
そして、ルルを見る。
「ルルも教えてね。私が知らないことがあったら」
「もちろん!」
ルルはすぐに頷いた。
「私も分からないことがあったら、ルノアに聞くし。三人で覚えていけばいいよ」
「……三人で?」
「うん」
ルノアも微笑んだ。
リシューは二人を見つめる。
胸の奥が、また温かくなった。
今までなら、知らないことは恥ずかしいことだと思っていたかもしれない。
けれど、今は違う。
「……ありがとう」リシューが笑った。
その日は、リシューにとってたくさんの「初めて」があった。
自分が知らないことを知り、分からないことは友達に尋ね、自分で考えて、自分の行動を決めた。
まだ慣れないことばかりだけれど、これから一つずつ学んでいけばいい。
そう思うと、明日から始まる学院生活が、少し楽しみになった。




