401 精霊王様の愛し子様 リシュー
西大陸ランボトル精霊国ナターシアン公爵家の次女として、一人の少女が生まれた。
その少女の名は、リシュー。
ナターシアン公爵家には、遥か昔にエルフの血を引く祖先がいた。長い年月の中でその血は薄れ、エルフの特徴を持つ者が生まれることは、なかった。
そんな中で生まれたリシューは、何百年ぶりかの「先祖返り」だった。
尖った耳。白銀に淡い金色が混じる長い髪。そして、透明な翡翠のような瞳の奥には、淡い金色の光が宿っていた。
人族の少女とは明らかに異なる姿でありながら、幼い少女らしい愛らしさも持ち合わせている。
その姿には、見る者を自然と惹きつける神秘的な美しさがあった。
そして、生まれたその瞬間から、数えきれないほどの妖精と精霊がリシューを取り囲んだ。
まるで、長い眠りから目覚めた古い森が、ようやく帰ってきた仲間を迎えるかのように。
リシューが生まれて間もなく、西の精霊王様からのお告げが届いた。
『その子は、我が愛し子である』
その言葉によって、リシューが「西の精霊王様の愛し子様」であることが正式に示された。
それ以来、妖精や精霊たちは常にリシューのそばにいた。
泣けば慰め、眠れば寄り添い、危険が近づけば真っ先に知らせてくれる。
けれど、その特別な存在であることは、同時に彼女を危険にさらす理由にもなった。
何百年ぶりに現れた「先祖返り」。
さらに、西の精霊王様の愛し子様として妖精や精霊たちに守られている少女。
その存在を狙う者が現れることを、家族は恐れた。
だからこそ、リシューは幼い頃から、西大陸で最も高い山である天上山の頂にある天上宮殿へ預けられることになった。
天上山の頂には天上湖と呼ばれる大きな湖があり、その湖の近くに天上宮殿が建っている。
宮殿には西の精霊王様による強力な結界が張られており、外部から侵入することは容易ではなかった。
家族がリシューを大切に思っていなかったわけではない。
むしろ、大切に思っていたからこそ、危険から守るために離れて暮らすことを選んだのだ。
それでも、幼いリシューにとって寂しさは消えなかった。
妖精や精霊たちはいつもそばにいてくれた。
けれど、人の子供たちと遊んだり、同じ年頃の友達と笑ったりすることはできなかった。
そんなリシューにとって、父親のように、母親のように、そして先生や友達のように接してくれたのが、西の精霊王様だった。
文字の読み書きから始まり、書物の読み方、魔術、礼儀作法まで、さまざまなことを教えてくれた。
そして、何度も同じ言葉をリシューに伝えた。
「リシュー。いつかヨーリアン帝国魔術学院へ行けば、きっと友達ができるよ」
けれど、リシューにはその言葉を信じることができなかった。
これまで自分に近づいてくる人たちは、いつも「西の精霊王様の愛し子様」として接してきた。
自分自身を見てくれる人など、いないと思っていた。
それでもリシューは少しずつ成長し、学院へ入学するための準備を進めていった。
学力を確認するため、ランボトル精霊国の魔術学園へ何度か通い、試験を受けた。
魔術学園では誰もがリシューに丁寧に接してくれた。
けれど、それは友達に向ける態度とは違っていた。
そのため、リシューはいつしか友達を作ることを諦めていた。
試験が終われば、また天上宮殿へ戻る。
そんな日々を繰り返していた。
そして、ヨーリアン帝国魔術学院への入学が決まった。
学院から指定された入寮の日。
転移門の前で、リシューは小さく呟いた。
「明日から、本当に学院生活が始まるんだ……」
厳選された妖精たちと精霊たちが、その周囲を楽しそうに飛び回っている。
「明日、友達できるかな?」
「できるって!」
「西の精霊王様も言ってただろ!」
「絶対できるよ!」
リシューは小さく笑った。
「……そうだといいな」
転移門が光り、リシューはヨーリアン帝国魔術学院の寮へと移動した。
こうして、天上宮殿で大切に守られて育った少女は、初めて一人の生徒として学院生活を始めることになった。
そして翌日。
リシューは、自分の人生を変える二人の少女と出会うことになる。




