400 マイルズのなりたいもの
やがて、マイルズはゆっくりと涙を拭い、顔を上げた。
「……僕、なりたいものがあります」
グランディスが静かにマイルズを見る。
「なりたいもの?」
「はい。僕は、医術魔術師になりたいです」
その声には、これまでにはなかった強い意思が宿っていた。
「そして……世界中にいる、魔力過多で苦しんでいる人たちのために、僕自身の手で治療できるようになりたいです」
ルノアは静かにマイルズを見つめていた。
「書籍で読みました。魔力過多は、特に竜皇国の竜人に多い病気だと……」
マイルズは自分の胸元に手を当てる。
「僕は、魔力過多の苦しさを知っています。どうして苦しいのか分からなくても、ただ耐えるしかありませんでした」
一度、言葉を切る。
「だから、僕と同じような苦しみを抱えている人がいるなら、その人たちが少しでも楽になれる方法を見つけたいです」
マイルズの瞳に、強い光が宿る。
「もちろん、聖女様やルノア様のような特別な力でなければ治療できない人もいると思います」
「でも……魔力過多になったときに、すぐに使える魔道具や薬草、ポーションがあれば、もっと多くの人が治療を受けられると思うんです」
「一時的にでも魔力による苦しさを抑えられる医薬やポーションを作りたいです。できるだけ安く、誰でも手に取れるようなものを」
「王都だけではなく、地方や辺境でも、必要なときにすぐ使えるようにしたいです」
グランディスが静かに尋ねた。
「そのために、竜皇国で学びたいのか?」
「はい」
マイルズは迷いなく頷いた。
「ヨーリアン帝国の国営図書館にも、調べられる資料はあります。でも、竜や竜人の医術魔術、医術、薬草については資料が少なく、まだ知らないことがたくさんあります」
「だから、竜皇国の魔術学院で学びたいです」
マイルズはクロリナラドへ視線を向けた。
「他国からの留学生は受け入れていないと書籍にはありました。でも、竜人であれば留学生試験を受験する資格があるとも書かれていました」
「僕は、その試験を受けたいです」
クロリナラドは静かに頷いた。
「竜皇国の魔術学院なら、竜人の身体や魔力について、ヨーリアン帝国より詳しく学べるだろう」
「はい。医術魔術だけではありません。医術や薬草、ポーション、魔道具についても学びたいです」
「そして、新しい治療方法を自分で研究できるようになりたいです」
マイルズはさらに続けた。
「世界中を見てみたいです。いろいろな国へ行って、たくさんの人に会って、いろいろなことを知りたい」
「もちろん、ヨーリアン帝国の『神眼』としての仕事もします。その役目を果たしながら、世界中を見てみたいです」
そして、少し照れたように笑った。
「僕が学んだことや、世界中で見つけた治療方法を研究して、できるだけ皆の手が届く価格で、役に立つ医薬品を開発したいです」
「特別な力を持つ人だけに頼らなくても、必要なときに治療を受けられるようにしたい」
「僕と同じように苦しんでいる人が、『仕方がない』って諦めなくてもいいようにしたいです」
その言葉に、ルノアが穏やかに微笑んだ。
「それなら、マイルズ様が目指しているのは、医術魔術師だけではありませんね」
「……はい」
「新しい治療方法を研究する人でもあるんですね」
マイルズは少し考え、それから力強く頷いた。
「はい。医術魔術師になって、研究者にもなりたいです」
クロリナラドが静かに口を開く。
「そのためにも、まずは身体を治すことだな」
「はい」
「治療を受けながら、できることから学べばいい。竜皇国の魔術学院を目指すなら、それに必要な準備も始めよう」
「はい!」
マイルズの返事は、今までよりもずっと明るかった。
グランディスは何も言わず、マイルズを見つめていた。
その瞳に、やがて涙が浮かぶ。
マイルズが驚いたように尋ねた。
「……お祖父様?」
グランディスは涙を拭おうともせず、しばらくマイルズを見つめていた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……分かった」
震えるような声だった。
「お前がそこまで考えているのなら、私は止めない」
グランディスは涙の残る目で、まっすぐマイルズを見る。
「世界を見てこい。学んでこい。そして、自分が学んだことを、多くの人のために役立てればいい」
「……はい」
「ヨーリアン帝国の『神眼』としての責任も果たしながら、お前が望む未来を目指せばいい」
グランディスは、ほんの少しだけ笑った。
「私は、そのすべてを認めよう」
そして、優しく言葉を続ける。
「だからまずは……治療を頑張りなさい」
マイルズの目にも涙が浮かんだ。
「はい!」
その返事は、今までで一番力強かった。
生きられる時間を数えるだけだった少年は、もういない。
これから先、どれだけ時間がかかってもいい。
治療を受け、身体を取り戻し、学び、世界を見て、自分の知識と力を誰かのために使う。
それが、マイルズにとって初めて自分自身で見つけた未来だった。




