397 マイルズの涙
「生まれてからずっと、身体の中に何かが詰まっているような感じがしていました。自分の魔力に押し潰されそうで……『神眼』は皆、短命ですから……それが運命なんだと……苦しみの中で、天に還るんだと……」
マイルズの頬を、一筋の涙が伝った。
「でも……今は違う」
マイルズは、もう一度ゆっくりと息を吸った。
「身体が軽い……。自分の魔力に押し潰されそうじゃない……」
その言葉を聞き、王太子夫妻は静かに目を伏せた。
そのとき、扉がノックされた。
「神聖な魔力の流れを感じて……突然の入室、失礼いたしました」
入ってきたのは帝王グランディスだった。
その隣には、番であるシェアンナが寄り添っている。
「帝王グランディスです。そして、こちらは私の番、シェアンナです。はじめまして、愛し子様。……久しぶりだな、クロー」
王太子夫妻はすぐに立ち上がり、深く頭を下げた。
「ルノア様、クロー……本当にありがとうございます」
クロリナラドは静かに首を横に振る。
「俺は付き添っただけだ。マイルズを助けたのはノアだよ」
「いいえ」
ルノアも首を横に振った。
「マイルズ様が、これまでご自身で頑張ってこられたからです」
そのときだった。
ルノアの魔空間から淡い光が溢れ出し、目の前の空間がゆらりと揺らいだ。
「ルノア!」
光の中から、真っ白な大きな身体がふわりと姿を現す。
「福ちゃん?」
ルノアが目を丸くすると、福ちゃんはそのまま部屋へ降り立ち、胸を張って全員を見回した。
「竜神様から伝言!」
その言葉に、部屋にいた全員が姿勢を正す。
帝王夫妻も王太子夫妻も、そしてマイルズも深く頭を下げた。
「竜神様のお言葉を、拝聴いたします」
すると福ちゃんは慌てたように羽根をばたばたと動かした。
「だめ! だめだよ! みんな普通にして!」
「え?」
「福様って呼んで!」
「……福様?」
グランディスが思わず聞き返す。
「そう! よろしくね!」
福ちゃんは嬉しそうに羽根を広げた。
その愛らしい姿に、部屋の空気が一気に和らぐ。ルノアも思わず笑った。
福ちゃんは元気よく続ける。
「竜神様が、マイルズが楽になってよかったって!」
「……ありがとうございます」
マイルズの目に、再び涙が浮かんだ。
福ちゃんは静かに頷くと、今度はルノアへ顔を向ける。
「それから、ルノア。竜神様からお願いがあるって。イヤーカフを作ってあげてって」
「イヤーカフ?」
ルノアが聞き返すと、福ちゃんはルノアを羽根の中へふわりと包み込んだ。
クロリナラドも頷く。
「なら、作ろうか」
「はい」
二人は手をつなぎ、静かに魔力を重ねた。
「すべての魔術、魔法、精霊魔法に対応する防御。
悪意、呪術、毒、言霊から心身を守る防御結界。そして、ヨーリアン帝国の紋章と竜の翼を。銀魔石で揃えて!」
二人の魔力が重なり、やがてクロリナラドの手の中に八つのイヤーカフが現れた。
ヨーリアン帝国の帝王夫妻、王太子夫妻、ライルズ、マイルズ、そしてグラード夫妻へ贈るためのものだった。
「これは……?」グランディスが尋ねる。
「お守りです」
ルノアはそう答えたあと、イヤーカフについて説明を続けた。
「ただし、誰でも自由に使えるものではありません」
ルノアは八つのイヤーカフを見つめる。
「夫婦の場合は、お互いの番にしか取り外せません」
グランディスが静かにイヤーカフを見つめる。
「他の人には普通のイヤーカフに見えますし、複製することもできません。それに、次の世代へ受け継ぐこともできません」
「なぜ、そこまで……?」
グレイヴが尋ねる。
ルノアは少し考えてから答えた。
「将来、このイヤーカフが争いの原因にならないようにするためです」
特定の者だけに与えられたものなら、他者が奪って利用することも、複製して権力の道具にすることもできない。
鑑定したとしても、読み取れる情報は一つだけ。
『愛し子様の贈り物』
それ以上の仕組みを知ることはできない。
クロリナラドは一つずつ、イヤーカフを手渡していった。
受け取った者たちは、皆、ルノアとクロリナラドをまっすぐに見つめる。
「この贈り物を、決して忘れません」
ルノアは小さく微笑んだ。
クロリナラドも、つないだ手をそっと握り返す。
部屋には、先ほどまでとは違う穏やかな空気が満ちていた。
クロリナラドはグランディスへ向き直った。
「グラード夫妻とライルズの分は、帝王様から渡してください。グラードの子供たちには、まだ渡せない。」
「分かった」グランディスが頷く。
ルノアは続けて、マイルズへ視線を向けた。
「それと何度かで、マイルズ様の中にある魔力の塊を少しずつ砕いていく必要があります」
マイルズは静かに頷いた。
「一度に負担をかけるのは危険です。身体の様子を見ながら、一月に一度くらいのペースで、ゆっくり細かくしていきましょう」
「はい」
「マイルズ様は、それで大丈夫ですか?」
「はい。お忙しいところ申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
マイルズはベッドの上で深く頭を下げた。
そして、胸いっぱいに空気を取り込み、ゆっくりと吐き出す。
もう、苦しくない。
生まれて初めて知った、魔力に押し潰されることのない身体の軽さ。
マイルズは、その感覚を確かめるように静かに目を閉じた。
頬を、また一筋の涙が伝った。




