395 ヨーリアン帝国 王太子の次男マイルズ
魔術学院が休日となる週末になった。
今日は、マイルズと面会する予定の日だった。
当初、面会はカーナリアン王国のマクアリール公爵領にあるタスワンズ湖で行う予定だった。しかし、面会の日が近づくにつれて、マイルズの体調が悪化してしまった。
とても長距離を移動させられる状態ではない。
そこで予定を変更し、ルノアとクロリナラドがヨーリアン帝国王城へ向かい、マイルズの自室で面会することになった。
ルノアは竜神様の愛し子であり、聖女が持つとされる数多くの力も宿している。
そして、運命の番であるクロリナラドに配慮し、異性との距離を考えたうえで、クロリナラドも同席する形で面会が整えられた。
クロリナラド自身も竜神様の愛し子であり、マイルズとは幼い頃から親交がある。これまでにも何度も見舞いに訪れており、マイルズにとってクロリナラドは、気を張らずに話すことのできる相手だった。
王城の奥にあるマイルズの部屋へ、ルノアとクロリナラドが入る。
室内には、王太子夫妻も立ち会っていた。
ベッドの上には、一人の青年が穏やかな表情で横になっている。
ルノアはベッドのそばまで歩み寄ると、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、マイルズ様。ルノアです。よろしければ、ルノアとお呼びください」
「はじめまして、ルノア様。……恐れ多くて、呼び捨てにはできません」
マイルズは微笑んだ。
「クロー様から、ルノア様のお話はよく聞いておりました。ですから、今日を楽しみにしていたんです」
「ラド様から……?」
ルノアが隣にいるクロリナラドを見上げる。
クロリナラドは少し困ったように苦笑した。
「……まあ、いろいろ話していたからね」
「ふふっ」
マイルズが小さく笑う。
その穏やかなやり取りに、室内にいた者たちの緊張も、少しだけ和らいだ。
マイルズは、ヨーリアン帝国の血筋に久しぶりに生まれた『神眼』を持つ子供だった。
神眼によって、魔力の流れだけではなく、人が抱く悪意や、魔術、契約、書面などに込められた僅かな異常まで見抜くことができる。
現在のマイルズは、王城の自室に置かれたベッドから、帝王や王太子の仕事を支えていた。
各国から届く親書や条約の中には、ヨーリアン帝国にとって不利となる条件を巧妙に隠したものもある。
マイルズは、それらを神眼で確認し、危険な内容や隠された異常がないかを調べていた。
その能力は、帝国にとって非常に大きな助けとなっている。
しかし、その代償も大きかった。
神眼を持つ者は、昔から短命だった。
さらにマイルズは、生まれつき非常に多くの魔力を持っていた。
本来なら、その膨大な魔力を制御するための訓練が必要だったが、身体が弱く、思うように訓練を進めることもできなかった。
魔力を外へ逃がすため、マイルズは毎日魔石を作っている。
それでも、身体の中に余った魔力は少しずつ蓄積していた。
そんなマイルズのことを、竜神様も気にかけていた。
命そのものへ直接干渉することはできない。
それでも、何か改善する方法はないか。
竜神様は、先月の面談でルノアに頼んでいた。
『ヨーリアン帝国魔術学院へ入学したら、一度マイルズを診てほしい』
それが、今回の面会につながっていた。
「マイルズ様」
ルノアは、ベッドの横に置かれた椅子へ腰を下ろした。
「少しだけ、魔力の状態を見てもいいですか?」
「もちろん」
マイルズが素直に頷く。
ルノアは右手をそっと伸ばした。
まずは、身体の中を巡る魔力の流れを確認する。
しばらく目を閉じて魔力の状態を探ったあと、ルノアは静かに息を吐いた。
「……やっぱり、魔力が行き場をなくしていますね」
「そうなんだ」
マイルズは驚くことなく答えた。
「自分でも分かるんだ。身体の中に、ずっと重いものがあるような感じがする」
「魔力を外へ出しているのに、それでも溜まってしまうのですね」
「はい」
ルノアは少し考えた。
「毎日、魔石を作っていると聞きました」
「作っています。でも、それでも追いつかないんです」
「それなら……魔力を外へ出すだけではなく、身体の中で安全に循環させる場所を作ってみませんか?」
「循環させる場所ですか?」
マイルズが不思議そうに尋ねる。
「はい」
ルノアは自分の胸元に手を当てた。
「私もヴァリアード伯父様から助言をいただいて、自分の中にある魔力を、マクアリール公爵領にあるタスワンズ湖のように考えるようにしました」
「タスワンズ湖を?」
「はい」
ルノアは頷いた。
「湖には水が流れ込みます。でも、いっぱいになれば、周囲へ水が流れていきますよね。
足りなくなれば、また水が流れ込んでくる。
そんなふうに、自分の魔力を水の流れのように考えるんです」
マイルズは黙ってルノアの話を聞いている。
「魔力を全部、無理に外へ押し出そうとしなくてもいいんです」
ルノアは、ゆっくりと言葉を続けた。
「自分の中に、大きな湖があると思ってください。
魔力が多いときは湖へ流す。反対に、魔力が足りなくなったら、そこから必要な分だけ取り出すんです」
「……でも、僕は、そういうイメージをするのが苦手なんだ」
マイルズが少し困ったように笑う。
「大丈夫です」
ルノアは微笑んだ。
「最初は、私と一緒にやりましょう」




