390 ヨーリアン帝国魔術学院の改革開始
ヨーリアン帝国魔術学院の改革が始まるきっかけとなったのは、竜皇国の国王リアムから届いた親書だった。
さらに、リオンブラン王国の国王レオンからも、学院の制度や魔道具の使用について厳しい指摘があった。
その意見にヴァリアードも同調し、魔道具の使用状況を見直す案を魔鳥便で帝王グランディスへ送った。
ちょうどその頃、魔術学院では入学式を終えた新入生を対象に、毎年恒例の確認試験が行われ、その結果が学院長へ届けられた。
学院では、入学後の確認試験をもとにクラスを再編成し、その後、本格的な授業を開始する。
しかし今年、試験で基準を達成できなかった生徒の多くが、ヨーリアン帝国の魔術学園を卒業した王族や貴族だった。
彼らはこれまで、知力や魔力、魔術を補助する魔道具を使って学んでいた。
そのため、魔術学園では問題なく学べているように見えていた。卒業資格と推薦があれば、魔術学院への進学も認められていた。
ところが今回の確認試験で、彼らの本来の実力が明らかになった。
この結果は、学院内でも大きな問題となった。
特に、魔道具を使わずに学んできた他国の学生から、疑問の声が上がった。
「魔道具で能力を補助されている学生と、何も使わずに努力してきた学生を、同じ実力として扱うのは不公平ではないのか?」
「今のクラス編成は、本当に正しいのか?」
学生たちは学則を根拠に、魔道具による能力補助のあり方を見直すよう、正式な提案書を学院長ヤーナイドへ提出した。
教師たちからも、同様の意見が出された。
魔道具の使用自体は、学院の学則で認められている。
だからこそ問題となったのは、その制度が現在の学院教育に適しているのかということだった。
学生と教師の双方から、見直しを求める声が上がった。
そんな中、学院長ヤーナイドのもとへ、帝王グランディスから学院制度全体の見直し案が届いた。
そこには、ヴァリアード殿から提案された魔道具の使用状況の見直しも含まれていた。
添えられていた言葉は短かった。
『明日から実行せよ』
ヤーナイドは資料を確認すると、すぐにグランディスへ返事を送った。
『すぐに面会したい』
……――……――……――……――……
その日のうちに、ヤーナイドは帝王の執務室を訪れた。
「帝王様。魔術学院長ヤーナイドです。入室の許可をいただけますでしょうか」
「入れ」
「失礼いたします」
扉が開き、ヤーナイドが入室する。
その顔には、緊張が浮かんでいた。
「帝王様。見直し案を拝見しました。確認したいことと、提案したいことがございます」
「話を聞こう」
ヤーナイドは資料を開いた。
「本日の確認試験後、生徒と教員からも、魔道具の利用について見直しを求める提案が届いております」
「そうか」
「ですが、今回の改革を明日から実施すると、ライルズ殿下を除き、ヨーリアン帝国の王族や貴族の多くが学院に残れなくなる可能性があります」
「それほどか」
「はい。魔道具の補助がなければ、最低基準に届かない者が多すぎます」
グランディスは、しばらくヤーナイドを見つめた。
「だからこそ、見直す必要がある」
ヤーナイドは次の資料を開いた。
「まず、領地経営学科について提案があります」
「聞こう」
「領地経営学科は、男女を問わず、当主や婚姻によって領地を支える者に必要な学科です。魔道具による知力補助を使わず、自分自身の知力だけで試験に合格した者を、領地経営学科に残すべきだと思います」
グランディスは頷いた。
「領地を治める者に必要なのは、魔道具に頼った知識ではない。自分自身で考え、判断する力だ」
「はい。未来の当主に必要な学びと、魔術を学ぶ課程は分けるべきだと思います」
ヤーナイドは続けた。
「魔術学科は、通常課程と再教育課程に分けることを提案します」
「具体的には?」
「魔道具に頼らず、自分の魔力と魔術を鍛えてきた者は通常課程へ。これまで魔道具の補助を受けてきた者は、再教育課程へ移します」
「いいだろう」
グランディスは資料に目を落とした。
「そして、ヨーリアン帝国の王族と貴族は全員、魔道具を外して再試験を受けさせろ。例外は認めない」
「王族も、ですか?」
「当然だ」
グランディスは続けた。
「知力、魔力、実技魔術の三つを確認する。本来の力を確かめる」
「承知しました」
「では、試験に合格できなかった者はどうしますか?」
「学び直す意思があるなら、退学にはしない。リオンブラン王国の魔術学園へ留学させる」
「留学期間は?」
「基本は一年間だ。一年後に再評価を行い、復帰基準を満たせば、試験を受けて学院へ戻す」
「一年で基準に届かなかった場合は?」
「努力を続けている者には、最長三年間まで留学を認める」
「三年間でも基準に届かなかった場合は?」
「原則として退学だ」
グランディスは淡々と答えた。
「ただし、魔道具を外すことや試験を拒む者、学び直す意思がない者、学院の指示に従わない者は留学の対象外だ。その場合は退学とする」
「承知しました」
グランディスは、さらに資料を指した。
「リオンブラン王国への留学者にも、魔術学院の学則を守らせろ」
「はい」
「他国の教師や職員、生徒への差別や暴言があれば、映像と音声を記録させる。魔道具人形を全員に帯同させることも必須とする」
「王族や貴族であっても、同じ対応を?」
「当然だ。身分によって処分を変えることも認めない」
「親が介入した場合は?」
「同じだ。面談には魔道具人形を同席させ、記録を残す。学院の処分に異議があるなら、魔術省を通じて王城で正式に申し開きをさせろ」
「分かりました」
ヤーナイドは深く頭を下げた。
そして、静かに口を開いた。
「……前学院長ナザルの不正が横行した五年間。その影響は、やはり大きかったのですね」
「大きい」
グランディスは資料を閉じた。
「だが、このまま続けるつもりはない」
「はい。以前のヨーリアン帝国魔術学院を取り戻しましょう」
グランディスの表情が、わずかに和らいだ。
「ナザルの後で、お前には苦労をかける。すまないな」
「帝王様……」
「明日から、生徒と教員から出された魔道具利用の見直しを実施しろ。同時に、在学中の全学生を再試験し、クラス編成もやり直す」
「はい。実行します」
ヤーナイドは深く頭を下げた。
グランディスは静かに頷いた。
こうして、ヨーリアン帝国魔術学院の改革が始まった。
全学生の実力を改めて確認し、魔道具による補助を前提とせず、それぞれが本来持つ知力、魔力、魔術を基準とした教育へ戻していく。
長年続いてきた学院制度を見直す、大きな改革の始まりだった。




