388 内密の会談?
グラードとサイルズが退室すると、執務室には重い沈黙が残った。
そこにいるのは、帝王グランディス、王太子グレイヴ、そしてレオンの三人だけだった。
レオンは二人を見回すと、突然、楽しそうに笑った。
「さて……これで三人になったな」
「……何がそんなにおかしい?」
グランディスが警戒するように尋ねる。
「いや。最初から俺は、お前たちと内密の会談をするために来たんだよ」
レオンは悪びれもせず笑った。
「ただ、その前に言っておきたいことがあっただけだ」
そう言って、二人をじっと見つめる。
「ところで、あと何分耐えられる?」
「……何?」
「俺の魔術に、だよ」
レオンは笑っている。
だが、その目はまったく笑っていなかった。
「一時間は無理だよな、お前たち?」
グランディスとグレイヴの表情が強張る。
自分たちが、この状態にどれほど長く耐えられるのか。
考えるまでもなかった。
「サイルズの先ほどの失態を、俺が許していないことは理解したか?」
レオンの声が低くなる。
「本人だけの問題じゃない。間違ったことをする者がいて、それを正す者がいない。そんな環境にいる者も、同じだと俺たちは考える」
グランディスたちは黙って聞いていた。
「俺たち獣人を馬鹿にする前に、まずしっかり学べ。そして、周りにも伝えろ」
レオンは一言ずつ、言い聞かせるように続ける。
「差別は駄目だ、と」
「……」
「こんな簡単なことなのに、なぜ改革がここまで遅い?」
誰も答えられない。
「毎年、毎年、謝れば許されると思うな」
レオンの目から笑みが消えた。
「忘れるな。俺たちは、許していないぞ」
その瞬間……
空間が大きく揺らいだ。
「何事だ?」
突然、ヴァリアードが転移してきた。
周囲を見回したヴァリアードは、すぐに異変を察知する。
「侵攻されたのか?」
魔力を探るように目を細める。
しかし、すぐに首を傾げた。
「ああ……侵攻されたわけじゃないのか。すまんな。大丈夫か? グランディス、グレイヴ」
「……ヴァリアード……」
グランディスは、ようやく現れたヴァリアードを見て、思わず息を吐いた。
だが、ヴァリアードが姿を現したことで、別の衝撃が執務室を駆け抜けた。
ヨーリアン帝国の結界。
防壁。
魔法陣による魔壁。
そのすべてを越えて、ヴァリアードも、何の苦労もなく帝王の執務室へ転移してきたのだ。
しかも、レオンが引き起こした魔術異常を察知し、即座にこの場所まで転移してきた。
レオンとヴァリアード。
二人が、ヨーリアン帝国の防衛網をいとも簡単に突破した。
その事実を前に、執務室にいた者たちだけでなく、周辺を警護していた五十二名も、もはや言い訳できなかった。
隠密も、警護も、王族も。
全員が、自分たちの力を過信していたことを理解した。
レオンは、周囲を見渡した。
「自分自身の魔力より、魔道具に頼りすぎている」
誰も反論できない。
「魔道具が悪いと言っているんじゃない。使い方の問題だ」
レオンは続ける。
「自分自身の力を伸ばすことをせず、魔力増幅や魔術補助、体力や知力を補う魔道具に頼る。それで世界と対等だと思っていて、本当に大丈夫なのか?」
そして、ヴァリアードを見る。
「ヨーリアン帝国の学びの場に、それを持ち込んじゃ駄目だ」
「……」
「王族やヨーリアン帝国の貴族たちが使っている補助魔道具を、一度すべて見直せ。必要がないものは全部外せ」
グランディスとグレイヴの表情が固まる。
「学院そのものの在り方が、間違った方向へ進んでいる。いや……もう、進んでしまった結果が今なんだ」
レオンは真剣な表情で続ける。
「平等に学べる場であるはずのヨーリアン帝国魔術学院で、ヨーリアン帝国の王族や、貴族だけが魔道具に頼っている」
レオンは一度、言葉を切った。
「それは不正じゃないのか?」
誰も答えない。
「不正だろ」静かな声だった。
「誰も問いただしていない。それが問題なんだ。だから俺は言いに来た」
レオンは二人を見つめる。
「外せないなら、世界中の全員に同じように魔道具の使用を認めろ。それなら平等だろ?」
しばらく沈黙が続いた。
「干渉だということは分かっている。だが、あえて言わせてもらう」
レオンは、はっきりと言った。
「ズルは駄目だ」
その言葉に、ヴァリアードはしばらく考え込んだ。
やがて、小さく笑う。
「……そうだな」
そして、楽しそうに笑った。
「明日からやってみるか」
「ヴァリアード……?」
「まずは、許可制そのものを一度見直そう」
ヴァリアードは指を一本立てる。
「どうせ半年後には、学力不足で退学になる者も大勢いるんだ。なら、その前に一度、ふるいにかけてみるか」
「……」
「本当に学ぶ気のある者には、別の道を用意すればいい」
ヴァリアードはレオンを見る。
「リオンブラン王国の魔術学園へ短期の交換留学をさせるのも面白そうだな」
レオンが少し眉を上げる。
「学院から学園に移ることになるから、反発もあるだろう?」
ヴァリアードは楽しそうに続ける。
「そうしたら、魔術学院での学力不足による退学という扱いでいいだろう」
「リオンブラン王国の魔術学園には、魔力を鍛えるための学科もある。俺も実際に試して、魔力が増えたからな」
ヴァリアードは少し真面目な表情になる。
「厳しいが、やる価値はある。それに、差別について学ぶ機会にもなるだろう」
そして、ヴァリアードはグランディスへ振り返った。
「どうだ?」笑顔だった。
しかし、その笑顔を見たグランディスの背中は、寒くなった。
「それと、ヨーリアン帝国の最新式の結界、防衛壁、魔法陣による魔壁などの改良については、俺が引き受ける」
「……そこまで、やるのか?」
「当然だろう」
ヴァリアードは楽しそうに笑った。
「レオンごときに、ここまで簡単に侵入されているんだぞ。最低でも、レオンの転移くらいは拒否できるようにしておけ」
「おい」レオンが眉を上げる。
ヴァリアードは構わず続けた。
「こいつは世界中を飛び回って、人を困らせているんだぞ。そのたびに魔術異常を感じて、慌てて転移する俺の身にもなってみろ」
そして、ため息をつく。
「俺も忙しいんだぞ」
「……俺のせいか?」
「そうだろう」
ヴァリアードは即答した。
「それに……」
ヴァリアードの表情が変わる。
「上は、まだまだいるぞ」
その言葉に、グランディスは苦笑いを浮かべながらも、明らかに恐怖の混じった表情で二人を見た。
やがて、深く息を吐く。
「……分かった。改革を始めよう」
その言葉に、グレイヴも静かに頷いた。
こうして、その日のうちに、ヨーリアン帝国の王族、隠密、警護を巻き込んだ大規模な見直しが決まった。
やがて、五十二名全員が執務室に集まり、レオンへ真摯に頭を下げた。
自分たちが守っているつもりだったものが、いつの間にか、自分たち自身の成長を止めていた。
その事実を、誰もが初めて真正面から受け入れたのだった。




