387 エルグラインド公爵家の登城命令
ヘイルズは、ヨーリアン帝国魔術学園の始業式を終え、自宅へ戻っていた。
侍女長が部屋へ飲み物を運んできたとき、ヘイルズは父グラードが王城へ呼ばれたことを知らされた。
「父上に何があった?」
ヘイルズが尋ねると、侍女長は静かに首を横に振った。
「申し訳ございません。私にも何も知らされておりません。ただ……旦那様が王城へ向かわれるとき、とても顔色を悪くされていたことだけは確かです」
「……そうか」
それから屋敷では、落ち着かない時間が続いた。
祖父母、執事長、そして親戚筋の者たちが何家か集まり、応接間で話し合っている。
「一体、何が起きたんだ?」
「グラードは何も聞かされていないのか?」
「王城から、これほど急な呼び出しが来るとは……」
誰も答えを出せない。
やがて、屋敷の扉が開き、王城からの使者が姿を見せた。
「エルグラインド公爵家と親戚の皆様に、帝王陛下より登城命令が出ております」
その言葉に、応接間の空気が一変した。
祖父母も親戚筋の者たちも、すぐに身支度を整え、全員で王城へ向かうことになった。
屋敷に残されたヘイルズは、何が起きているのか分からないまま、一人待つことになった。
長い時間が過ぎた。
そして……。屋敷の扉が開いた。
「……父上?」
帰ってきたのはグラードだった。
その隣には母がいる。
そして、もう一人……。
「……兄さん?」
そこに立っていたのは、魔術学院の寮にいるはずのサイルズだった。
「どうして兄さんが父上と一緒に……?」
ヘイルズが驚いて尋ねる。サイルズは何も答えなかった。
ただ、父と同じように、疲れた表情を浮かべている。
「サイルズ、ヘイルズ」
グラードが二人を見る。
「私の執務室へ来なさい」
「……はい」兄弟は父の後を追った。
執務室には母も入る。
扉が閉じられると、グラードはしばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「まず、お前たちに話しておかなければならないことがある」
サイルズとヘイルズは、黙って父を見つめた。
「私は今日、エルグラインド公爵家の不正について、帝王陛下に書類を提出した」
「……不正?」ヘイルズが聞き返す。
「ああ。領地の税についてだ」
二人の表情が変わる。
「祖父母たちと親戚筋が、領民から本来よりも高い税を長年にわたって徴収していた」
「そんな……」二人は言葉を失った。
グラードは静かに続ける。
「私はヨーリアン帝国の帝王の息子だ。民を守る立場にある以上、身内だからという理由で黙っていることはできない。私は、誠実に正しく生きたい」
その言葉を受け、母も続けた。
「王城で調査が行われ、不正は事実だと認められました。取りすぎた税については、領民へ返還することになっています。すでに返還の準備も進められています。
王族のグラードが婿入りしても、両親は私たち二人に、一切領地運営には携わせなかった。
親とはいえ……本当に恥ずかしい。グラード。本当に申し訳ありませんでした。」
「じゃあ……祖父母たちは?」サイルズが尋ねる。
「今は収監されている。帝国の法律に基づき、公爵家当主の座からも退くことになった。金額と期間が長過ぎるため悪質と判断された。夫婦とも関与しているから……夫婦で、帝国の防衛壁の魔力源となり罪を償っていくことになる。」
グラードは二人を見つめた。
「そして今日、私は正式に爵位を継いだ」
「……父上が?」
「ああ。これから私がエルグラインド公爵家の当主だ」
サイルズは黙って父を見つめた。
しかし、グラードの話はそれだけでは終わらなかった。
「そして、お前たち二人のことも帝王陛下に報告した」
「俺たちのこと……?」ヘイルズの顔が強張る。
「そうよ」母が静かに告げた。
「ヘイルズ。魔術学園から、あなたの問題行動や発言について報告が来ています。現状では進級は難しいとはっきり言われました。」
「……はい」ヘイルズは俯いた。
グラードが続ける。
「サイルズについても、魔術学院から同じような報告を受けている。今日の教師への暴言も問題だが……魔道具利用が他の生徒と平等でない為、魔道具使用を継続するなら卒業は無理だと、はっきりと言われた。」
「えっ……?」
サイルズの顔から血の気が引いた。
「二人とも、問題行動だけではない。魔力、魔術、学力についても、魔道具に頼り切った今の状態では、この先、進級させることは難しいとはっきり言われた」
二人は何も言えなかった。
グラードは、そんな息子たちをしばらく見つめた。
そして、静かに告げる。
「帝王陛下とサイルズは話したが、その結果、お前たちは二人とも休学することになった」
「休学……」ヘイルズが呟く。
「そして、他国へ留学する」
二人が同時に顔を上げた。
「他国で、一から学び直してきなさい」
「二人とも……ですか?」
「ああ」
グラードは頷いた。
「魔術だけではない。魔力を鍛えること、学力、生活態度。今のお前たちに足りないものを、すべて一からやり直してもらう」
ヘイルズは唇を噛んだ。
「今のお前たちのまま、学びの場に残っても、退学となるだけだ。一度すべてをやり直したほうがいい。兄と一緒に……」
ヘイルズは俯いた。
しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。
「……分かりました」
そして、隣にいる兄へ視線を向けた。
「兄さん。一緒にやり直してくれるの?」
サイルズが顔を上げる。
「このままじゃ、俺たちは駄目だ。魔術学院を卒業できなければ、王城で仕事をすることはできない。
貴族でいることも、公爵家の当主になることも、婿入りすることも、魔術学院を卒業していなければ、全てが難しい。」
サイルズは一度言葉を止めた。
「俺たち……帝王の孫だから、祖父上、祖母上たちは何とかなるって言っていたけど……そんな特権、最初からなかったんだよ。」
ヘイルズは黙って兄を見る。
「俺たち、ただ甘えていただけだったんだ」
サイルズは自分に言い聞かせるように続けた。
「魔道具がなくても、胸を張って生きていけるように努力しよう。
何もかも一からやり直して、恥ずかしくない王族になろう」
そして、弟をまっすぐ見つめた。
「ヘイルズも……このままでは駄目だって、気づいていたんだろう?」
ヘイルズは黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ああ」目を閉じ、俯く。
「毎日、不安だった。魔道具がなければ、何もできない自分が……」
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「俺も、自分の力でやり直したい」
グラードは二人を見つめた。
「そうか……」
その声には、厳しさの中にわずかな安堵があった。
「なら、決まりだ」
こうして、エルグラインド公爵家の当主となったグラードは、息子たちに厳しい現実を突きつけた。
だが、それは二人を見捨てるためではない。
自分の力で生きていけるようになるために、もう一度、最初から学ぶ機会を与えるためだった。
二人の人生は、この日を境に大きく変わろうとしていた。




