383 赤紙報告書
グランディスの執務室に、魔道具人形が慌ただしく駆け込んできた。
その手には、至急確認を求める赤紙の報告書が握られている。
「……何事だ?」
グランディスは一度深呼吸してから、報告書を受け取った。
帝王の長男グレイヴは、すでに王太子となっている。
そのグレイヴには、二人の息子がいる。
長男のライルズは今年、ヨーリアン帝国魔術学院へ入学した。入学試験では全体六番目の成績を収め、特級クラスとなっている。
弟のナイルズは生まれつき身体が弱いが優秀で、魔術学園と魔術学院も飛び級で卒業し、現在は王城で帝王や王太子の書類や政策補佐をしており、自室の寝室でできる仕事をしている。
穏やかな性格で兄弟仲も良く、同じ王城で暮らしているため、グランディスもナイルズの体調が良い時には一緒に食事をしている。
一方、グランディスの次男グラードは、結婚を機に王城を出ている。
現在は魔術相として帝国の魔術行政を支えながら、王太子となった兄グレイヴを補佐している。
そのグラードの長男が、サイルズである。
サイルズも今年、ヨーリアン帝国魔術学院へ入学した。
入学試験の成績は全体で四十八番目。それでも特級クラスに入っている。
次男ヘイルズは四歳下で現在はヨーリアン帝国の魔術学園に通っている。
「……まさか」
グランディスは報告書を手にしたまま、こめかみを揉んだ。
自国や他国の王族に関する問題が起きた場合、通常の報告よりも早く知らせるため、学院からは赤紙による緊急報告が届けられる。
生徒たちが入寮してから、すでに何枚かの赤紙が執務室へ届いていた。
しかし、入学式を終えたばかりの初日から、また届くとは思っていなかった。
報告書には、孫のサイルズがその日の授業で教師に対して暴言を吐いたと記されている。
すでに処分として四十点が加算されていた。
学院の規則では、あと十点で停学……つまり出席停止となる。
「サイルズ……入学した初日だぞ……。グラードをすぐに呼べ」
グランディスは深く息を吐いた。
この入学時期になると、学院では毎年のように問題が起こる。
差別発言。
足を掛けるなどの姑息な暴力や嫌がらせ。
備品の紛失や盗難。
竜人至上主義を掲げ、自分だけが特別な存在だと思い込んで好き勝手に振る舞う者。
裕福な平民や大商会の跡取りの中には、金で物事を解決しようとする者もいる。
そして、世界各国から集まる特権階級に慣れ親しんだ王族も例外ではない。
身分も、種族も、生まれ育った環境も違う者たちが、一つの学院に集まる。
その中でも、特に多いのが獣人に対する差別だった。
学院内では身分を持ち込まず、誰もが一人の魔術を学ぶ者として過ごす。
それが学院の理念である。
だが、長年染みついた意識まで簡単に消えるわけではない。
一般からの受験は二回の入学試験が行われる。
魔道具人形がすべての受験生を公平に採点し、問題行動や暴言の多い者は例外なく不合格となる。
魔道具人形を導入したことで、以前に比べれば問題を起こす生徒は随分と減っていた。
それでも、完全になくなったわけではない。
グランディスはこれまでにも、学院内で起きた些細な問題が外交問題へと発展する場面を何度も見てきた。
今年こそは、差別や身分による問題のない一年となって欲しいと思っていたが……実際は厳しかった。
今年は例年とは違い、リオンブラン王国のレオン国王から、どの国よりも早く親書が届いていた。
内容そのものは丁寧だった。
しかし、その文面には隠しきれないほどの嫌味が込められている。
毎年のように学院で問題が起きているため、レオンとは長い付き合いだった。
リオンブラン王国の王女ルルの入学に合わせ、厳重な警護を行うこと。
さらに、問題を未然に防ぐため、具体的な対策を明確にし、それを魔法契約書へ記載すること。
昨年までとほぼ同じ内容だったため、今年もすぐに返書を送った。
ただし、今年の親書には最後に一文が加えられていた。
『本当に公平で安全な場所なのか。それを、親として確認したい為、内密に面会がしたい』という申し出だった。
「レオン……いつ来るつもりなんだ?」
グランディスは頭を抱えた。
「今年は随分と念を押してくるな……」
勝手気ままなレオンは、いつも連絡もなしに突然やって来る。
今年は、入学初日から自分の孫が教師に暴言を吐いた。
一体どうなるのか……
グランディスが頭を抱えていると、執務室の扉からノックの音が響いた。
「入れ」扉が開く。
入ってきたのは、次男のグラードだった。顔色がひどく悪い。
「まず座れ、グラード」
「……本当に申し訳ございません」グラードは深く頭を下げた。
その直後、再び扉がノックされた。
「入れ」
今度は、慌てた様子の王太子グレイヴと、甲冑の音を響かせた近衛隊長が入ってきた。
「どうした、グレイヴ? 近衛隊長まで……」
グランディスが問いかけると、グレイヴは緊張した面持ちで口を開いた。
「帝王様。お客様がお見えです」
「客?」
グランディスが眉をひそめた、その時だった。
ゆっくりと執務室の扉が開く。
そこに立っていたのは、リオンブラン王国国王レオンだった。
「よぉ! 久しぶりだな、グランディス!」
レオンは、いつもの調子で笑う。
そして、悪びれる様子もなく続けた。
「約束した通り、内密に来たぞ!」
大きな尻尾の毛をゆっくりと揺らしながら、機嫌よく笑うレオンが立っていた。




