小さな提案大きな変化
その頃、ヨーリアン帝国魔術学院の魔道具管理部では、一枚の報告書を囲んで、数人の職員が顔を見合わせていた。
机の上に置かれているのは、入学したばかりのルノアから提出された提案書だった。
「……ただ一人の生徒によって、これほど仕事が増えるとは……」
職員の一人が、深いため息をつく。
「仕方ないだろう。寮の魔道具人形を一体だけ点検してほしい、という話ではない。入寮した生徒全員分、ですからね」
「どうして全員なんだ?」
別の職員が書類を覗き込む。
「ここに理由が書いてある。『自分の魔道具人形だけを修理して性能を上げるのは、学院が掲げる平等という方針に反する可能性がある。だから、入寮した生徒全員の魔道具人形を点検してほしい』……だそうだ」
「真面目……というより、面倒な生徒だな」
「名前は?……ルノア?」
職員の一人が、思わず額を押さえた。
「全く、めんどくさいやつが入学してきたな……学院の方針に沿った提案ではあるが……」
「しかし、全員分となると相当な手間だぞ」
「それでも、やるしかないだろう」
職員たちは渋々ながらも、提案を受け入れることになった。
魔道具人形は「ルノア」の発言と共に静かに記録を開始した。
職員は寮の魔道具人形を管理する制御室へ向かう。
制御室には、寮に配備されている三百五十台もの魔道具人形の管理記録が集められていた。
「三百五十台……」
職員の一人が、並んだ管理番号を見て呟く。
「生徒たちが魔道具人形の使用を開始している。なるべく早く全部終わらせる必要がある」
入学式を終え、時間には余裕がなかった。
一斉点検は生徒たちが使用しない睡眠時間帯に行うことになった。
しかし、三百五十台を学院の職員だけで確認するには、人手が足りない。
「帝国魔術省に応援を頼もう」
すぐに文書が作成された。
三百五十台の魔道具人形を一斉に点検することになった経緯。
そして、学院だけでは人員が不足していること。
至急の要請であることを示す印が押され、文書は魔鳥便で帝国魔術省魔道具管理課へ送られた。
その日のうちに、魔術省から多数の魔道具管理担当者が学院へ派遣されてきた。
学院側の職員と合流すると、すぐに一斉点検が始まった。
動作状態、魔力回路、部品の摩耗、整備履歴、交換記録。
一体ずつ確認し、管理記録と実際の状態を照らし合わせていく。
すると、魔術省から来た職員の一人が眉をひそめた。
「……この交換記録、おかしくありませんか?交換済みになっている部品が、実際には古いままです」
確認すると、記録上では交換済みになっているにもかかわらず、取り付けられているのは長年使用された部品だった。
「こちらもです」
別の作業を手伝う魔道具人形からも報告が上がる。
「定期点検では異常なしとなっていますが、魔力回路の一部に劣化があります」
同じような事例が、次々と見つかっていった。
「記録簿だけでは分かりませんね」
魔術省の職員が魔道具人形を見つめる。
「この子たちの記憶も確認しましょう」
魔道具人形には、使用中に起きた出来事や、整備時の状況などを記録する機能がある。
一体ずつ記憶を確認し、過去の整備記録と照合していく。
すると、交換を指示された部品が実際には交換されないまま点検を終えている記録が見つかった。
別の魔道具人形には、十分な確認をしないまま「異常なし」と記録している様子が残されている。
さらに別の個体には、交換用の部品が用意されていたにもかかわらず、実際には交換されず、そのまま保管されている記録まであった。
一つ、また一つ。魔道具人形たちの記憶から、過去のずさんな管理や整備、点検の実態が明らかになっていった。
そして、さらに重大な事実が見つかる。
「……この部品代の記録は?」
魔術省の職員が、管理記録と魔道具人形の記憶を照合する。交換したことになっている部品には、当然のように部品代が計上されていた。
しかし、実際には交換されていない。
それにもかかわらず、交換したことにして部品代を請求していたのである。
しかも、それは一度や二度ではなかった。
同じような処理が繰り返されていた。
さらに記憶を遡っていく。
「……ナザル前学園長が退任した後も、続いていたのか……」
「はい。担当者が変わっても、同じ不正が繰り返されています」
魔術省の職員たちは記録を整理していった。
ずさんな整備。点検記録の改ざん。交換されていない部品の代金請求。
そして、長年にわたる部品代の横領。
前学園長ナザルの退任後も続いていた不正の実態まで明らかになったことで、関係者には新たな罪も追加されることとなった。
こうして、ルノアの「全員を平等に点検してほしい」という一つの提案は、三百五十台の魔道具人形の悪環境を救うだけでなく、学院の魔道具管理部で長年隠されていた不正を明るみに出すきっかけとなった。
魔道具人形たちが記憶していたものは、決して消えることのない記録だった。




