378 週末家に帰る理由
午前の授業を終え、ルノアたち三人は個人の自習室を出た。
「……名前が浮かび上がるの、初めて見た」
リシューが、自分の頭上を指差す。
「リシューって呼んでね。私も名前呼びするからね。よろしく!学則違反になると、あんなふうに表示されるんだね。便利だけど……ちょっと驚いた」
ルルもルノアも頷いた。
「魔道具が自動で記録して、違反点数まで表示するとは思わなかった。個人の自習室もすごいね。静かで集中しやすい……」
「便利だけど、あんなふうに記録されると思うと、少し怖いね」ルノアが言った。
三人はそんな感想を話しながら、食堂へ向かおうとした。
「ワム。」
「はい。」
ルノアの後ろを歩いていた魔道具人形が返事をする。
「次の授業の場所と開始時間を教えてください。遅刻しないように、移動時間も含めて知らせてもらえますか?」
「承知いたしました。次の授業は薬草学と調薬実習です。実習棟までは徒歩で七分ほどかかります。授業開始の十五分前になりましたら、お知らせいたします」
「お願いします」ルノアが頷く。
リシューが驚いた顔をした。
「えっ……お名前あったんですね。すみません。お名前教えてくださいませ。」
自分の後ろを歩く魔道具人形に聞いた。
「マムと申します。よろしくお願いいたします。
皆様もマムとお呼びください。」
「「「よろしくねマム!」」」
三人はワムの案内に従い、食堂へ向かった。
昼食の時間。
食堂では男女別に分かれて列を作り、学年に関係なく空いている席へ詰めて座る決まりになっている。
大きな机と椅子が並び、三人で一つの机を使っても十分な余裕があった。
「いただきます」
料理を前に、三人は食べ始める。
しかし、一口食べたところで、ルルが首を傾げた。
「……薄いね」
「寮の食事も薄味だったけど、学院も同じなんだ」
リシューも料理を見ながら呟く。
健康を考えた味付けなのだろう。
油も少なく、味もかなり控えめだ。
「ヨーリアン帝国は果物が特産品なのに……」ルノアが周囲を見渡す。
食堂には帝国の特産品である果物が並んでいる。
しかし、菓子や甘味らしいものは見当たらない。
「甘いものが、まったくないね」ルルが少し残念そうに呟いた。
そのとき、三人は家族から言われていた言葉を思い出した。
『学院へ入学したら、必ず家に帰ってきたくなる。』
入学前は、その意味がよく分からなかった。
「……もしかして、これのこと?」リシューが小さく笑う。
「家族が言っていた『必ず帰ってきたくなる』って、食事のことだったのかもしれないね」
「うん。今なら分かる」ルノアも頷いた。
「健康には良さそうだけど、毎日これだと少し物足りないね」
「週末に家へ帰ったら、好きなものを食べたくなる」
ルルも納得したように頷いた。三人は顔を見合わせて笑った。
ヨーリアン帝国は果物が豊富で、食材も決して不足しているわけではない。
それでも、学院と寮の食事は健康を優先した薄味で、甘いものもほとんどない。
家族が言っていた言葉の意味を、三人はようやく理解した。
「週末は、ちゃんと家に帰ろう」
「そうしよう」
「うん」
昼食を終えると、三人は午後の授業へ向かった。
ワムの案内に従って実習棟へ入る。
そこには、様々な薬草が種類ごとに並べられ、中央には大きな作業台が設置されていた。
さらに、薬草を乾燥させる魔道具や、成分を抽出する精製魔道具まで用意されている。
「すごい……」ルルが目を輝かせる。
さすが、世界に二つしかない魔術学院。
授業で使用する設備も、一般の学院とは規模が違う。
そしてまた自分の名前が表示された席に座って待つ。
やがて、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、ふくよかな体つきをした、優しそうな女性だった。
「こんにちは。午後の調薬を担当します」女性は明るく笑った。
「私は魔女です。皆さんも気軽に『魔女先生』と呼んでくださいね」
生徒たちがざわめく。魔女。かつて魔女が迫害された時代があり、その多くが失われた。
現在では、魔女は滅んだと伝えられている。
「本当に魔女なんですか?」
生徒の一人が尋ねる。
「はい。」魔女先生は笑った。
「私の名前は公表していませんから、皆さんには分かりやすく『魔女先生』と呼んでもらっています」
それ以上は語らず、魔女先生は作業台を指した。
「さて。今日は初日ですから、まず皆さんの技術を確認しましょう」
生徒たちの表情が引き締まる。
「この学院に入学できた皆さんなら、中級のポーションは作れることを前提にします」
教室のほとんどの生徒が頷いた。
「まずは初級治癒ポーション。続いて中級治癒ポーションを作ってください」
生徒たちは一斉に作業を始めた。薬草の選別。下処理。煮出す時間。魔力を流す量。混ぜる速度。
どれも正確でなければ、完成品の品質に差が出る。
ルノアも薬草の状態を確認し、必要なものだけを選んでいく。
リシューは落ち着いて作業を進め、ルルも一つ一つ確認しながら調薬していた。
フォル、ジュスト、ライルズも迷うことなく作業を進めている。
魔女先生は一人ずつ手元を確認しながら歩いていく。
「いいですね」
「魔力を少し流しすぎています」
「その温度なら、抽出時間を少し短くしましょう」
やがて、ほとんどの生徒がポーションを完成させた。
魔女先生は色、香り、透明度、魔力の安定性を確認する。
「初級は問題ありませんね」
続いて中級ポーションを確認する。
材料も工程も増えたが、それでも多くの生徒が無事に完成させた。
「さすがですね」
魔女先生は満足そうに笑った。
「では次に、精製魔道具を使ってみましょう」
作業台の魔道具が淡く光る。
「魔道具に任せればいい、というわけではありません。魔力量、温度、抽出速度。すべて自分で調整してください」
ルノアは魔道具を見つめた。
便利な道具ほど、使う側の知識と技術が必要になる。
午前の授業と同じだった。
魔道具に頼るのではなく、理解して使いこなす。
それこそが、この学院で学ぶということなのだろう。
入学初日の午後。
薬草、ポーション、精製魔道具を通して、生徒たちは自分たちに求められている技術の高さを改めて実感していた。




