377 学びの姿勢
中央の黒板が淡く光り文字が表示された。
「十五種類の魔法陣を、一時間以内にすべて書きなさい」
生徒たちが一斉に魔力ペンを手に取った。
ルノアも無限ノートを開き、最初の魔法陣を書き始める。
魔力ペンには、書き手の魔力を補助し、線の乱れを整える機能があった。
しかし、どれだけ優れた魔道具でも、使用者が魔法陣の構造を理解していなければ正確なものは書けない。
魔力の流し方を間違えれば線が乱れ、術式の一部を間違えれば魔法陣そのものが成立しない。
ルノアは迷うことなく、次々と魔法陣を完成させていった。
隣のリシューも、静かに筆を進めている。
ルルも集中した表情で魔法陣を書いていた。
向かい側のフォル、ジュスト、ライルズも、ほとんど迷うことなく作業を進めている。
最前列から四列目あたりまでの生徒たちは、落ち着いて魔法陣を書いていた。
しかし、それより後ろの席では、少しずつ戸惑う様子が見え始めた。
一人の生徒が挙手する。
続いて、別の席からも手が上がった。
「……魔力ペンの使い方が分からない」
「……魔法陣の保存方法は……」
「……ノートへの転送ができない」
それぞれが、自分の席で発言した。
アガサは黒板から視線を動かさず、淡々と答えた。
「『寮生活の案内書』に書いてある」
「……」教室が静まり返る。
生徒たちは自分の席に置かれた案内書へ視線を落とし、該当する部分を探し始めた。
アガサはそれを見届けると、静かに付け加えた。
「私語は慎みなさい」
生徒たちは小さく頷き、再び作業へ戻った。
ルノアは魔法陣を書きながら、学院の教育方針を改めて理解していた。
ここでは、教師が一から教えてくれるわけではない。
まず自分で読む。自分で調べる。自分で考える。
それでも分からないことがあれば、初めて教師に尋ねる。知識を与えてもらうのではなく、自分から学びに行く。
それが、ヨーリアン帝国魔術学院の学び方なのだ。
やがて、ルノアは十五個目の魔法陣を完成させた。
最後の線を確認し、魔力の流れにも問題がないことを確かめる。
ほぼ同時に、リシューとルルも魔法陣を書き終えた。
少し遅れて、フォル、ジュスト、ライルズも魔力ペンを置く。
六人は互いに声を掛けることなく、それぞれ提出用の魔道具へ完成した魔法陣を転送した。
魔道具が淡い光を放つ。
それぞれの頭上の名前の隣に「合格」の文字が浮かびあがる。
アガサは頭上を確認すると、静かに頷いた。
「合格した生徒は退出しなさい」
生徒たちが顔を上げる。
「明日期限の課題資料をノートへ転送する。その後は、自分の自習室で昼食時間まで自習とする」
またしても、説明は簡潔だった。
授業が終わったからといって、教師が次の行動まで細かく指示してくれるわけではない。
必要な資料を受け取り、どのように学ぶかは自分で決める。
ルノアのノートへ課題資料が転送される。
ルノアは内容を確認し、静かに席を立った。
リシューとルルも、それぞれ自分の席から立ち上がる。
向かい側では、フォル、ジュスト、ライルズも提出を終えていた。
六人は特に言葉を交わすことなく、それぞれに割り当てられた個人の自習室へ向かって歩き出す。
教室には、まだ残って課題を続ける生徒たちの姿があった。
その中の一人が突然、手を挙げた。
「分からないと言っているのに、なぜ教えてくれないんだ!! 教師の怠慢だ!!」
教室の空気が凍りつく。
アガサは顔色一つ変えず、その生徒を見た。
「分からないことがあるなら、まず自分で調べなさい。ここにある『寮生活の案内書』にも、必要なことは書かれている」
そして、淡々と続ける。
「君は文字も読めないのか?」
その瞬間だった。
生徒の頭上に表示されていた名前が、突然赤く点滅した。
ピッ、ピッ、ピッ。
短い警告音が教室内に響く。
生徒が驚いて頭上を見上げる。
名前の横には、赤い文字で警告が表示されていた。
『学則違反』
続いて、その下に違反内容が記録される。
『教師への理不尽な叱責、暴言』
そして、現在の違反点数とともに、次の処分までの残り点数が表示された。
『違反点数 40』
『あと10点で停学処分』
『停学期間中は出席停止』
「な……」生徒の顔から血の気が引いた。
教室の生徒たちも、自分たちの頭上に表示されている名前へ視線を向ける。
アガサは騒ぐこともなく、静かに説明した。
「学則に定められている。教師への叱責や暴言は、違反行為だ」
赤い光が、しばらく生徒の頭上で点滅している。
「学則に基づいて、魔道具が自動的に記録している」
アガサは生徒を見つめた。
「自分の発言には責任を持ちなさい」
それだけを告げると、再び魔道具黒板へ視線を戻した。
「さて。質問すること自体は悪くない。分からないことを尋ねるのも、学ぶために必要なことだ」
声は先ほどと変わらず穏やかだった。
「だが、自分で調べることをせず、教師が教えないことを理由に責任を押しつけるのは違う」
赤い警告表示が消える。
「次に分からないことがあったら、まず案内書を確認しなさい。それでも分からなければ、質問すればいい」
アガサは静かに告げた。
「教師がすべてを教えるのを待っているだけでは、特級クラスの授業にはついてこられない。
それが、この学院で学ぶということだ。学ぶための道具は、すでに君たちの手元に揃っている。あとは、それをどう使うかだ」
アガサは穏やかな表情のまま、生徒たちを見渡した。
「私は、君たちに最初から完璧であることを求めてはいない。だが、真面目に魔術を学ぼうとする姿勢だけは忘れないでほしい」
一拍置いて、静かに告げる。
「ここまで努力して手にした席だ。その価値に見合う学びを、誠実に自分自身の行動で積み重ねてくれ」
厳しい言葉でありながら、その声音には教師としての期待があった。
入学式が終わって、まだそれほど時間は経っていない。
それでも……
ヨーリアン帝国魔術学院での学びは、もう始まっていた。




