373 隣の部屋はリオンブラン王国ルル王女
「コン、コン」
ルノアの部屋に、ノックの音が響いた。
設定していた通り、魔道具人形のワムがすぐに動く。来訪者の名前を確認し、ルノアに入室の許可を尋ねてから扉を開けた。
「ルノア! やっと会えた!」
そこに立っていたのは、隣の部屋に入寮したリオンブラン王国のルル王女だった。
「ルル! 久しぶり!」
顔を合わせた二人は、嬉しそうに笑った。
ふと、ルルの視線がルノアのそばに立つ魔道具人形へ向く。
「ルル。こちらは私の魔道具人形、ワム。よろしくね」
「ワム? ワムって呼んでもいい? 私のことはルルって呼んでね」
「……はい、ルル。よろしくお願いいたします」
ワムは、ほんの一瞬だけ返事が遅れた。
魔道具人形と呼ばれることがほとんどだったため、名前で呼ばれることに、わずかな戸惑いを覚えたのだ。
「あなたのお名前も教えてください」
今度はルルが、自分のそばに控えていた魔道具人形へ声をかける。
「はい。私の名前はラムです。よろしくお願いいたします」ラムが丁寧に頭を下げる。
「ラム。よろしくお願いしますね」
「ラムって呼んでもいい? 私のことも、ルノアって呼んでください」
「はい。ルノアとお呼びします。よろしくお願いいたします」ルノアが笑う。
その様子を見ていたワムとラムは、互いに顔を見合わせた。
名前を尋ね、名前で呼んでいいかと確認する。
そんなことをする人は、これまでいなかった。
二体の内部に、不思議な温かさが生まれていた。
「それにしても……学院って、おやつがないんだね」
ルルが残念そうに呟く。
「うん。食べ物の持ち込みは禁止だもの。守らないと」
「寂しいね……」二人は揃って肩を落とした。
「じゃあ、お茶でも飲む?」
「飲みたい!」
ルノアがワムに声をかける。
「ワム、お茶を二人分お願いできる?」
「承知いたしました」
ワムは部屋に用意されていた茶葉で、二人分のお茶を淹れた。
「「ありがとう、ワム」」
二人から同時に礼を言われ、ワムの動きがほんの一瞬止まる。
それでもすぐに動き出し、二人の前へ静かにお茶を置いた。
「ありがとう」という言葉。それだけなのに、胸の奥にまた温かなものが広がっていく。
故障でも、魔力の異常でもない。
ワム自身にも、その感覚が何なのかは分からなかった。
「ねえ、ルノア。このワムたちの設定、どうした? どこまでお願いできるのかな?」
「すごく優秀なの。お手伝いだけじゃなくて、安全に関することもお願いできるよ」
「安全?」
「うん。私は、部屋への入室を管理したり、危険があったら知らせてもらったり、何かあったときには記録を残してもらったりしてるの」
「記録も?」
「うん。あとで何があったのか確認できるようにね」
ルノアは少し考えてから続けた。
「私は規則を守って卒業したいから、学則に違反しそうなことがあったら、事前に何が問題なのか教えてもらえるようにしてるの」
「なるほど……」
「それから、私についての噂話も記録するようにしてるよ。
『ルノアが言っていた』とか、
『ルノアから聞いた』とか、
『ルノアから貰った』とか。
噂が広がることで問題になる場合もあるでしょう?」
「たしかに……」ルルは頷いた。
「それなら、何かあったときに『言った、言わない』にならなくて済むんだね」
「そういうこと」ルノアは小さく頷いた。
「私は『腕輪』が悪意や呪を『術返し』を勝手にしちゃうから……何が起きたのか分からないまま話が進んでしまうことがあるの。
だから、何があったのかを正当性を確認できる記録は残しておきたいの」
「なるほど。それ、いいね」ルルはすぐにラムを見る。
「ラム、私の部屋の安全について、必要な設定を考えて設定してもらえる?」
「はい」
「私が知らずに学則に違反しそうになったときは、何がいけないのか教えてください。それから、私への悪意や噂話についても、必要なら調査して、学則に基づいて学院へ報告してください。私にも教えてね」
「承知いたしました」
「もしヨーリアン帝国の法律に反する問題があった場合は、法律に基づいて判断して、必要なら国への連絡もお願いします」ルルは苦笑した。
「お父様が出発のとき、獣人差別にはかなり厳しく対処するって話していたから……何もなければ一番なんだけどな」
「はい。安全に必要な設定、学則に基づく追加調査、ヨーリアン帝国の法律に基づく判断、必要に応じた学院や国への連絡を設定いたしました」
ラムの返答に、ルルは満足そうに頷いた。
「……それなら、ルルの双子のお友達にも教えてあげたら?」ルノアが言う。
「双子の蛇人族のこと?」
「うん。学院では皆が同じ生徒でしょう? 獣人の皆さんにも、自分たちの身を守るために、こういう設定ができることは知っておいてほしいの」
「全員に?」
「うん。学則に基づいて確認する設定は、皆に伝えてもいいと思う。知っているだけでも違うから」
ルノアは少し考えてから、静かに付け加えた。
「何か問題が起きたとき、言った責任は、きちんと相手に取ってもらわないといけないもの」
ルルはしばらく考えていた。
「聞いてしまってから言うのも申し訳ないんだけど……自分で必要な設定を決めるものだから、あまり広めないほうがいいと思う」そして、少し笑った。
「でも、学則に基づいて確認する設定なら、獣人の皆にも伝えるね」
「うん。お願い」
ルルは頷きながら、改めてルノアを見る。
自分が困らないためだけではない。
学院の規則を守り、自分の身を守り、起きたことを正しく確認できるようにする。
それを自分だけのものにせず、獣人の生徒たちにも必要な情報として伝えようとしている。
「……やっぱり、ルノアってすごいね」
ルルの声には、驚きと尊敬が滲んでいた。改めて目の前の友人の優秀さを実感していた。




