371 ヨーリアン帝国魔術学院 入寮の朝
朝のマクアリール公爵家。
玄関には、ヨーリアン帝国魔術学院へ入寮するルノアを見送るため、玄関には全員の従者たちが、父ラルフ、侍女サラたち、そして婚約者のクロリナラドが揃っていた。
ルノアの服装は、学院から指定された質素なワンピース。膝が隠れる丈で、装飾は一切ない。
靴も黒か茶色の革靴のみ。手にしている鞄も学院から貸し出されたものだった。
身分や家柄による違いを学院へ持ち込ませないためだ。
ルノアは玄関で父ラルフに向き直った。
「お父様、行ってまいります」
ラルフは頷き、ルノアを見つめた。
「ルノアは真面目で優秀だから、心配はしていない。ただ、体調には気をつけなさい。学則を守り、何か問題があれば、すべて正しく先生に伝えること」
ルノアは素直に頷く。「はい。分かりました」
「学院は、精巧な魔道具によって生活も安全も管理されている。だから大丈夫だからね」
そう言いながらも、ラルフの目には涙が浮かんでいた。
「……気をつけて行っておいで」
ラルフはルノアを強く抱きしめる。
「はい。お父様も……」しばらく抱きしめた。
ラルフが名残惜しそうにルノアから離れた。
そして、もう一度その姿を眺める。
「……また少し大きくなったな」
ルノアは照れたように笑った。「そうでしょうか」
「ああ……」その一言に、ラルフは父親としての寂しさを隠すように微笑んだ。
「週末には、タスワンズ湖で待っている。無理をせず、しっかり学んできなさい。クローあとは頼んだぞ。」
「はい。送ってきます」クロリナラドが頷いた。
「週末にまた会いましょう」
ルノアは全員に向かい一礼し、玄関を出た。
…ー…ー…ー…ー…ー…
ヨーリアン帝国魔術学院に到着すると、古く重厚な門がルノアを迎えた。
何百年もの時を刻んだような石造りの門には、無数の魔術式が刻まれている。
入寮時間は一人ひとり指定されており、ルノアも決められた時間に受付を済ませた。
学院指定のワンピース。規定の革靴。貸し出し用の鞄。持ち物まで、すべて確認される。
門に組み込まれた魔道具がルノアの姿と所持品を自動的に確認し、淡い光を放った。
『ルノア、一年特級クラス、規則違反なし』
その文字が空中に浮かび上がる。
入寮した瞬間から、学院の規則は徹底して適用される。
服装、持ち物、生活態度、授業への出席、寮での行動。
すべてが魔道具によって管理され、違反があれば自動的に記録される。
違反点が累積すれば警告。
改善されなければ、出席停止、累積退学、学力不足退学、結果が国に報告され、再度の受験は不可となる。
家柄も財力も、ここでは関係ない。
ルノアは説明を聞きながら、静かに頷いた。
「それでは、入寮手続きは以上です」
学院の寮で使用する魔道具を受け取り、ルノアは門の外まで戻る。
門の外には、サラク、クロリナラドが立っていた。
「ルノア様……」サラクが心配そうに近づく。
ここ一年の間、サラたちはほとんどいつもルノアのそばにいた。
だからこそ、週末には会えると分かっていても、離れることが心配だった。
「……少しだけ、よろしいでしょうか」
「はい」ルノアが答えると、サラクはそっと抱きしめた。
「どうかお気をつけくださいませ。今サラたち全員と共有して、見ております。」
ルノアもサラクを抱きしめ返す。
「はい。皆いつも本当に、ありがとう。体調に気をつけてお仕事頑張ってね。寂しいけど頑張ってきます」
「週末には、タスワンズ湖でお会いできますからね」
「はい。お父様をお願いします」
「お任せくださいませ」
サラクがゆっくりと離れる。
クロリナラドもルノアの前へ歩み寄った。
「入寮から半年は心配なんだ。心配するのは許してな」
「番の腕輪がありますから、大丈夫です」
ルノアが腕輪に触れる。
サラクが苦笑する。
「ええ。腕輪が恐ろしくて、皆、近寄れませんもの」
その言葉に、三人から笑みがこぼれた。
ルノアとクロリナラドは静かに抱きしめ合った。
その時、ルノアの肩に小さくなって乗っていた福ちゃんが、翼を揺らした。
神獣である福は学院から帯同の許可を得ている。
ただし、姿を現してよいのはルノアの部屋だけだ。
「福ちゃん行こう!」
『うん』
ルノアが魔空間を開く。
福は初めてその中へ入っていった。
しばらくして、ルノアの頭の中に福の嬉しそうな声が響く。
『ルノア、すごく居心地がいいよ。もっと早くから入って、お昼寝すればよかった』
「ふふっ」思わずルノアが笑う。
見送る三人の顔にも笑顔が浮かんだ。
ルノアは最後に皆へ向き直った。
「それでは、頑張ってきます!」
「行っておいで」
「お気をつけて」
ルノアは笑顔で門の向こうへ歩き出す。
何度も振り返りながら、少しずつ遠ざかっていく。
ルノアは寮へ続く道を進んでいった。
ラルフたちは、その小さくなっていく背中を静かに見送った。
古く重厚な門がゆっくりと閉じる。
ヨーリアン帝国魔術学院での、新しい生活が始まった。




