370 竜神様との面会
ヨーリアン帝国の魔術学院への入学を目前に控えたある日。
ルノアとクロリナラドは、竜神様との定例の面会に訪れていた。
福ちゃんも大きな体を震わせ、翼を広げて伸びをしている。
そのまま、そっとルノアを翼で包み込んだ。
「ルノア……また背が伸びたね。大きくなってる」
「福ちゃんも、大きくなったね。羽もすごくふわふわです。可愛いです」
ルノアが福ちゃんの羽の中に埋もれる姿を見て、サライは微笑んでいた。
その間にクロリナラドは、今は無きアーシャ愛幸国の跡地の視察報告や、タスワンズ湖の浄化について報告していた。
さらに、元気を取り戻した妖精様や精霊様たちが、西大陸へ旅立ったことも伝える。
一通りの報告が終わると、竜神様がルノアへ視線を向けた。
「そういえば、ルノアは今週からヨーリアン帝国の魔術学院の寮へ入るのだったな」
「はい。いよいよ入寮です」
ルノアが頷くと、竜神様は穏やかに笑った。
「ルノアにとっては、久しぶりの集団生活だったな」
「はい。少し緊張していますが、とても楽しみです」
「それならよかった。せっかくだから、学院へ行く前に少し話しておこう」
竜神様は、静かに続けた。
「昔は、東西南北の大陸に、それぞれ精霊王様がいた」
「四人もいらしたのですか?」クロリナラドが尋ねる。
「ああ。だが、自然が崩壊したり、妖精様や精霊様を大切にしなかった者たちもいた。長い年月の中で、精霊王様がいなくなってしまった場所もある」
竜神様は、少しだけ寂しそうに目を細めた。
「現在、精霊王様がいるのは南大陸と西大陸だけだ」
ルノアとクロリナラドは、初めて聞く話に静かに耳を傾けた。
「そして、西の精霊王様には愛し子様がいる」
「愛し子様……ですか?」
「ああ。ルノアより年上だが、会えば分かると思う。かなり優秀な者だと聞いている」
竜神様は、少し笑った。
「今年からヨーリアン帝国の魔術学院へ入学するそうだ。ルノアと同じく推薦試験は満点だったと聞いた。特級クラスだから、同じ組になるはずだ」
「同じ組に……」
ルノアが驚いたように目を丸くする。
「はい。お会いできましたら、ご挨拶したいです」
「そうするといい。」
竜神様はそう言うと、少し表情を改めた。
「実は、南の精霊王様にも愛し子様がいる」
「南大陸にも、ですか?」
「ああ。その愛し子様が、ヴァリアードだ」
「ええっ……ヴァリー伯父様が!?」
ルノアとクロリナラドは、揃って驚いた。
「先日、南の精霊王様から本人へ伝えられた」
竜神様は、そのまま今は無きユキライアナ侯爵家について語り始めた。
「そして、ユキライアナ侯爵家には、もう一つ大切な役割があった。代々、『世界の繋ぎ手』を担っていたんだ」
「世界の繋ぎ手……」
「精霊様や妖精様、人族に獣人、エルフやドワーフ、竜人など、様々な種族との繋がりを守る役割だ。
必要なものを必要な場所へ届け、その繋がりが政治や争いに利用されないよう、表には出ずに支えてきた」
二人は黙って話を聞いていた。
「ヴァリアードの父親も、その一人だった。そして、ヴァリアード自身も知らないうちに、その役割を続けていた」
「伯父様が……知らないうちに?」
「ああ」竜神様は苦笑した。
「本人は、昔から精霊様や妖精様に頼まれれば手伝い、必要なものがあればエルフの里へ届ける。困っている者がいれば助ける。それだけだと思っていたそうだ」
「……伯父様らしいですね」ルノアが小さく笑う。
「『御使い』と『御用聞き』をしていただけだ、と言っていたらしい」
クロリナラドも思わず笑った。
「それは……確かに、ヴァリアードらしいな」
「驚きましたが、私もなぜか納得してしまいました」
ルノアも頷いた。
「小さい頃から、妖精様や精霊様と会話ができることは秘匿されてきたそうだ」
竜神様の声が、少し静かになる。
「ヴァリアードは十年間、『黒銀の鎖』に囚われていた。ようやく解放され、自分がこれから何をしたいのかを、ゆっくり決められるようになったのだ」
「ああ……だから、南の精霊王様も今まで待っていたのですね」
「ああ。先日、自分の『愛し子』であり、『世界の繋ぎ手』でもあると伝えたと聞いた」
竜神様は、また少し苦笑した。
「だが、本人は『だからって俺は変わらない』と言ったそうだ」
「それも伯父様らしいですね」
驚きながらも、二人はやはり納得していた。
「そして、ルノア」
「はい」
「お前には『竜環の繋ぎ手』という役割がある」
ルノアは真剣な表情で頷いた。
「世界は少しずつ変わり、それぞれの繋がりも次へ受け継がれている。だが、必要以上に背負うことはない。自分にできることを、自分らしくすればいい。
クロリナラド、リアム国王たちにも伝えてもらえるか?『精霊王様の愛し子』の件は……」
「はい」
竜神様は穏やかに頷いた。
「さて、話はここまでだ。学院では最初の半年ほど大変だと思うが、楽しんでくるといい。切磋琢磨し、しっかり学んでおいで」
「はい。頑張ります」
「ただし、ルノアにとっては初めて異性のいるクラスになるのだったな」
その言葉に、ルノアが少し驚いた。
「そうでした」
「ルノアなら問題ないと思っているが……」
竜神様はクロリナラドを見る。
「クロリナラドは、少し心配なのではないか?」
「……否定はできません」
クロリナラドは苦笑した。
「ルノアが初めて、同年代の異性と同じクラスで過ごすことになりますから」
「ラド様……」
「ルノアなら大丈夫だと思っている。ただ、少し気になるだけだ」
その言葉に、ルノアは嬉しそうに微笑んだ。
竜神様は、そんな二人を見て楽しそうに笑う。
「まあ、運命の番だからな。ルノアがタスワンズ湖へ帰ってくれば、クロリナラドも会いに行くのだろう?」
「……そのつもりです」
迷うことなく答えるクロリナラドに、竜神様は笑った。
「二人はきちんと時間を取って、ゆっくり過ごすことだ」
「はい」
ルノアが少し照れながら頷く。
「それから、学院へ行っても月に一度は必ず面会だぞ。顔を見せるのだ」
「はい。必ず伺います」
「学院であったことも聞かせてくれ。楽しかったことも、困ったこともだ」
「承知しました」
すると竜神様は、ふと思い出したように付け加えた。
「それと、ヨーリアン帝国で美味しいものがあったら買ってきてくれ」
「美味しいもの、ですか?」
「ああ。甘いものがいい」
「……竜神様」
ルノアとクロリナラドは顔を見合わせた。
「……分かりました。美味しい甘味を見つけましたら、お土産にいたします」
「うむ。頼んだぞ」
竜神様は満足そうに笑った。
「「……はい」」二人は揃って苦笑した。
こうして、竜神様との定例の面会は終わった。
帰り道、ルノアはこれから始まる学院生活に思いを馳せていた。
新しい学び、新しい友人、そして同じ特級クラスになるという西の精霊王様の愛し子様。
どんな出会いが待っているのか。
少しの緊張と大きな期待を胸に、ルノアの新しい学院生活が、いよいよ始まろうとしていた。




