369 エミリアの先読み
ヴァリアードはラルフを見ながら、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「……エミリアの言葉は、昔から外れたことがなかったな」
「そうだな……」ラルフも頷いた。幼い頃から、そうだった。
天候が長く崩れると言えば、本当に雨が続いた。
雪が多くなると言えば、その年は大雪になり、早いうちから薪や食料を増やし、領民へ配った。
疫病が流行るかも……と言えば、薬草や薬を領民の分まで準備させた。
河川が氾濫が心配だと言えば、事前に領民を避難させ、ほどなくして指定した地域が水に流された。
最初は偶然だと思っていた。
だが、一度や二度ではない。何度も、何度も。
エミリアの言葉は、現実になった。
ある時、他領の河川について、エミリアが言った。
「今のうちに、無償で工事をしてあげた方がいい。
資金はオハギと緑茶の売上から出しますから。
人が足りないのなら、他領の領民に仕事として賃金を払いましょう。
飢えも凌げるし、反乱も起こらないから。
そして、河川沿いには必ず木を植えてもらって。
精霊様と妖精様が守ってくださるからと伝えてほしいの。
繰り返し必ず伝えて。竜神様のおかげだと、感謝を捧げるようにお願いしますね。
今のうちに水の逃げ道を増やしておけば、マクアリール公爵領の河川の氾濫を減らせる。自然も増えるから。
お金ではなく、恩を売っておいた方がいいの。
後で必ず役に立つ時がきます」
まだ災害の兆候すらない時期だった。当然、周囲は首を傾げた。
なぜマクアリール公爵家が、他領のために金と人を出してまで河川工事をするのか。
それでも、エミリアは譲らなかった。
結果として、その言葉は正しかった。
後に大雨が降り、河川は大きく増水した。
だが、事前に他領へ開拓していた水路へ水が分散したことで、マクアリール公爵領の被害はまったく出なかった。
そして、工事を行った土地にはマクアリール公爵家の人間が出入りするようになった。元々自然が減っていた地域に、緑の帯が伸びた。水路の管理や物資の流通を通じて、派閥の異なる貴族たちと公爵家とのつながりも深くなっていった。
それに伴い、マクアリール公爵家の商会も売上を大きく伸ばした。
「まだ親父が生きていた時に、言っていたな……」
ヴァリアードが思い出す。
「『エミリアは災害を避けるだけじゃない。世界の理の何が大事かを理解している。その先に不足し、必要になるものを見ている』って」
「あぁ。そうだったな」
二人は、しばらく黙った。
エミリアは詳しく説明をしなかった。
ただ、「そうした方がいい。皆で、少し考えて欲しい。」と言う。
そして二人は、その言葉を聞いてきた。小さな頃から。エミリアの言葉が外れたことがなかったからだ。
だからこそ、今ここにある手紙も、ただの偶然だとは思えなかった。
ラルフは、もう一度便箋へ目を落とす。
「ヨーリアン帝国への支援をやめること。ルノアを戻すこと。帝国に関わらないこと……」
静かに読み上げる。
「そして、学院長が変わっていたのなら安心……」
ヴァリアードは、遠くを見るような目をした。
「ナザル……のことだったのか。何でも金で動かすような奴だったからな……」
「『学院の規則を守り、賄賂、買収、魔道具はルノアの人生が閉ざされてしまう危険がある。
金銭の要求は証拠とともに帝王様に相談してほしい』何でこんなに細かいのか?五年前はまだラザルは就任していなかったよな?」
少しの沈黙の後、ヴァリアードは小さく息を吐いた。
「やはりエミリアは……先読みの力があったんだな。危険だから、家族にしか言わなかった。……全部、分かっていたんだな」
ラルフは何も答えなかった。
ただ、手の中の手紙を、壊れ物を扱うようにそっと折り畳んだ。
エミリアは五年前、この未来を見ていたのかもしれない。
自分がいなくなる前に二人が一緒にいたなら……。
ラルフは実際に、エミリアを救う方法……違法な秘匿魔術を調べ続けていた。
「……エミリア」ラルフが、誰もいない部屋へ向かって静かに呼びかける。
「分かった。もう、君の言葉を無駄にはしない。
夜、一人で泣くことは許してくれ。本当に寂しいんだから……」
ヴァリアードも、苦笑し、目を伏せた。
「……あぁ。大丈夫だ。誠実にな。真面目に生きる。無理もしないぞ。……楽しむよ、人生を……」
二人の声が消えると、静かな部屋には、窓から差し込む午後の光だけが残った。




