368 エミリアの残した手紙
ラルフとヴァリアードは、エミリアの手紙の続きを読んだ。
「きっと、天から二人がこの手紙を読んでいる姿を見ながら、『ようやく見つけたわね! 遅いわよ! でも、安心したわ!』って、笑っていると思います。
今も寂しい、辛いと、ラルフは苦しんでいるのでしょうね。
ヴァリー兄様は、結婚式に出ていれば……
番の腕輪の誓いを確認していれば……
いろいろ後悔して、苦しんでいるのでしょう。
二人とも、何年もごめんなさい。
私は母親として、自分の運命を変えずに、ルノアを守ると決めていたの。
『誠実に生きなさい』と言っていた私が、誠実でなくては駄目でしょう?
ラルフとヴァリー兄様なら、きっと違法魔術で私を延命してしまうわ。
魔塔には、危険な魔術がいっぱいあるもの。
でも、それは私であって、私ではない。
だから、ヴァリー兄様には会えなかった。
ラルフにも、『魔塔と政は離れていた方がヴァリー兄様のためになるから、連絡しないで』とお願いしていたの」
エミリアの文字を追いながら、ラルフの手が止まった。
隣ではヴァリアードも黙ったまま、便箋を見つめていた。その表情には、明らかな動揺が浮かんでいる。
「……エミリア。なんで……」
ラルフは実際、延命についての魔導書を世界中から集めていた。
ヴァリアードの声が掠れた。
「なんで、秘匿されている違法魔術のことを知っているんだ!」
ヴァリアードは便箋から目を離さない。
「魔塔でも、誰でも知っているような術じゃない。正式な魔術書に記されているものでもない」
「それほどなのか?」
「あぁ。特に生命に干渉する魔術は、厳重に秘匿されている。寿命そのものを延ばすような術は、成功したとしても代償が大きい」
「……代償?」
「術者の魔力だけじゃない。場合によっては、対象者の魔力や生命力そのものを無理やり繋ぎ止める。
身体が生きていても、人族として生きられる保証なんてない」
ラルフの顔が強張った。
「そんなものを……エミリアが知っていたのか?」
「知っていただけじゃない」ヴァリアードの指が、便箋の上で止まる。
「『ラルフとヴァリー兄様なら、きっと違法魔術で私を延命してしまう』……そう書いてある」
「…………」
「おかしいだろう」ヴァリアードが低く呟いた。
「俺が何をするかなんて、まだ何も話していない。
ラルフだって、そんなことを口にしたことはないはずだ」
「……あぁ」ラルフも否定できなかった。
「俺も……もし、エミリアを失うことになったら……何をしてでも生かしたいと思ったかもしれない」
「俺もだ」ヴァリアードは苦しそうに息を吐いた。
「だからエミリアは……」
「分かっていたんだな」
「あぁ。俺たちが禁じられた術に手を出す可能性まで考えていた」
ヴァリアードの顔から血の気が引いていく。
「だから俺に会わなかったのか……」
ラルフが手紙の一文を見つめる。
「『でも、それは私であって、私ではない』……」
「エミリアは、延命すること自体を望んでいなかったんだろう」
ヴァリアードが静かに言った。
「たとえ身体が動いても、魔術で無理やり命を繋いだものが、本当にエミリア自身なのか……そういうことだ」
「だから……俺たちに、そんな術を使わせないために……」
「俺には会わず、ラルフにも連絡するなと頼んだ」
二人の間に重い沈黙が落ちた。
エミリアは、自分が死ぬことだけを考えていたのではない。
残される二人が、その死を受け入れられず、禁忌に手を伸ばすことまで考えていた。
「……エミリア」ラルフが小さく呟く。
「最後まで、自分のことより俺たちのことを考えていたんだな」ヴァリアードは答えなかった。
ただ、震える指で便箋をそっと押さえた。
「……それでも、どうしてそこまで知っていたんだ」
その問いに、答える者はいない。
エミリアの丸文字だけが、五年の時を越えて二人の前に残されている。
まるで、二人の知らない未来を知っていたかのように。
ヴァリアードは答えず、本棚へ視線を向けた。




