367 エミリアの部屋
ヴァリアードは、ルノアの誕生日プレゼントを探しに、マクアリール公爵家の隣へ移築した元ユキライアナ侯爵家のエミリアの部屋にいた。
ラルフにもエミリアの部屋の立入を許可しているが、思い出が辛いのか一度訪れたきりだった。
ラルフが、入室許可のノックをした。
「珍しいな……ラルフ……」
「あぁ……久しぶりのエミリアの部屋だな。一人ではな……やはり寂しく苦しい……。すまないな。
こんな時でもないと来れなくてな……。エミリアは、自分がいつ天に還るか知っていたように、ルノアの成人までのお誕生日の贈り物を準備していたから……」
「今年はエミリアの魔石の首飾りか?」
「あぁ……そうだ。私は私の魔石で魔力ペンと書簡刀にしたよ」
「クローが宝飾品もドレスも駄目だと言うから……。
何かエミリアの物と、学院で使うもの備品と、白布にしたよ。」ヴァリアードは苦笑した。
「そうか。それならルノアも喜ぶだろうな」
「学院の規定品にちゃんとしたぞ。お前に怒られるから真面目にしたぞ。皆違反するのに……。
来期はナザルが学院長から降りたから、以前の魔術学院に戻るな……。
ヨーリアンの貴族たちは、そのままきたらほとんどが退学となるから、切り替えられるか、様子見だな。」
ラルフの目は部屋の中をゆっくりと巡っていた。
エミリアが亡くなって五年。
五年という年月が過ぎても、この部屋に入れば胸の奥が痛む。
ここには、妹が生きていた証があまりにも多く残っている。
窓辺の机。丁寧に整理された魔術書。小さな花瓶。
そして、本棚に並べられた本。どれも、エミリアが生前に触れていたものだった。
ラルフは部屋に入ったまま、しばらく動かなかった。
「……やはり、辛いか」ヴァリアードが尋ねる。
「あぁ……」ラルフは正直に答えた。
「五年経ったからといって、辛くなくなるわけではないな」
「私も同じだ」ヴァリアードは小さく息を吐いた。
兄として妹を失った悲しみは消えない。
ましてやラルフは、最愛の妻を失った。
どちらが辛いなどと比べられるものではなかった。
「……ルノアの前では、平気な顔をしているつもりなんだがな……」ラルフが苦笑する。
「分かっている」ヴァリアードは頷いた。
「だからこそ、今年も贈り物を用意してくれているんだろう」
「あぁ……」ラルフは本棚へ向かった。
「エミリアの結界の魔法陣があるから、ここに移しただろ?受け取りに来たんだ。」
その時だった。
「……待て」ヴァリアードが声を上げた。
本棚の奥から、淡い光が漏れている。
「魔力か?」
「あぁ……」ラルフが近づく。
古い魔術書の隙間から、一枚の紙がゆっくりと浮かび上がった。
白い紙の周囲を、銀色の魔力が淡く包んでいる。
紙は二人の間をふわりと漂い、ラルフの腕へ静かに降りてきた。
「……手紙?」ラルフが震える手で受け取る。
その瞬間、紙に文字が浮かび上がった。
『ラルフへ』
「……エミリア……」その筆跡を二人は知っていた。
何度も見てきた、エミリアの丸文字。
ラルフは息を呑み、ゆっくりと読み始めた。
『側にいられなくて、ごめんなさい』
その一文だけで、ラルフの目に涙が浮かんだ。
「……謝るなよ……」声が震える。
『でも、貴方はやらなければならないことがたくさんあります。
貴方にしかできないこと。
誰も、貴方の代わりにはなれません。』
ラルフは黙って続きを読んだ。
『娘の父親であること。
ルノアはこれから、たくさん悩むでしょう。
辛い経験もするでしょう。
そんな時は、そっと抱きしめてあげてくださいね。』
「……あぁ」ラルフは小さく答えた。
「分かっている……」
その言葉を聞いたヴァリアードは、静かに妹の手紙を見つめていた。
エミリアは、ラルフが自分の死後も娘の父親として生き続けるように、言葉を残していた。
『タスワンズ湖を守ること』
次の言葉に、ヴァリアードの表情が変わった。
『私が健康であれば、一緒に手伝えたのに。
いつも負担でしかなかったと思います。
でも、一日でも長く側にいたかった』
「……エミリア」ヴァリアードが呟く。
「負担などと思ったことは、一度もない」
『ラルフとヴァリー兄様は、私の人生は短いと思っているのでしょうね。
でもね。本当に頑張ったんだよ。私は、私なりに最大限の努力をした結果に満足しています。
六年しかルノアの側にはいられなかったけれど、命の定めは歪ませてはいけません。』
ラルフは手紙を握りしめた。
「……分かっている」その声には、五年間抱えてきた後悔が滲んでいた。
もっと何かできたのではないか。
もっと側にいればよかったのではないか。
そんな思いを、何度も繰り返してきた。
けれどエミリアは、それすら分かっていた。
『ラルフにも、ヴァリー兄様にも本当に良くしてもらって感謝しかありません。
だから変わらずに誠実に。
目の前にあることを、一つ一つ片付けてください
すべてが終わったら、また必ず会えるからね。
ゆっくりこちらに来てね。
私に、たくさんの思い出を話してください。
いつもラルフとヴァリー兄様の近くに、必ずいますからね。』
ラルフの頬を涙が伝った。
ヴァリアードも目元を拭う。
「……本当に、私たちのことばかりだな」
「それもエミリアらしい」
二人は、泣きながら小さく笑った。そして、手紙に新しい文字が浮かび上がった。
『来年も、二人でルノアの誕生日を祝ってください。
私が残した手紙は、毎年、二人が揃った時に現れるようにしてあります。
二人が揃わなければ、手紙は現れません。
たくさんの問題の中で、今の状態では会えないかもしれないけれど……信じてます。また仲良く言い合ってる二人に戻っていると。』
「……毎年?」ヴァリアードが目を見開く。
ラルフも手紙を見つめた。
『ルノアが成人するまでの、毎年一通ずつ。
二人がこの部屋で揃った時、手紙が現れます。
何年かかるかは分かりません。二人が忙しくて、なかなか会えない年もあるかもしれません。
それでも、二人なら必ず時間を作ってくれると信じています』
ヴァリアードは、しばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと笑う。
「私たちが会わなくなってからの……心配していたんだな。」
「そういうことだろうな」ラルフも苦笑した。
「なら、来年も来ないとな」




