365 ヴァリアード
ヴァリアード。
かつてカーナリアン王国のユキライアナ侯爵家に生まれた長男。
今は無きカーナリアン王国の魔塔で長を務め、世界でも屈指の実力を誇る、優秀で名高い魔術師だ。
その名を知らぬ魔術師はいない。
膨大な知識と卓越した魔術の腕を持ち、魔道具の開発にも長けている。
現在は、その豊富な知識と経験を買われ、竜皇国の魔導省で外部最高責任者顧問を務めている。
さらに、世界に二つしかない竜皇国とヨーリアン帝国の魔術学院、その両方で魔術学の特別客員教授を務め、次代を担う魔術師たちの教育にも携わっている。
誰もが一目置く肩書きばかりが並ぶ。
だが、その人生は決して平穏なものではなかった。
十年もの間、ヴァリアードは「黒銀の鎖」に縛られ、かつてのカーナリアン王国の前王族に囚われていた。
自らの意思で自由に動くことさえ許されず、知識も魔術も、王族の命令によって利用されようとしていた。
それでも、ヴァリアードは決して屈しなかった。
特に、自らの知識や魔術、魔道具を戦争に利用されることだけは、最後まで許さなかった。
戦争用の魔道具を命じられれば、相手の求めるものを理解したうえで、研究の方向を巧みに逸らす。
完成間近まで進めても、最後には別の用途へと変えてしまう。
表向きには命令に従いながら、その実、戦争に利用できる力を一つずつ潰していった。
それは、誰かに褒められるためでもない。
自らの力によって、多くの命が失われることを防ぐためだった。
そして、何より守らなければならない者たちがいた。
亡き妹エミリアが残した、マクアリール公爵家と、その娘ルノア。
二つを盾に取られていたからこそ、ヴァリアードは逃げることも、王族に逆らうこともできなかった。
それでも、生きることを諦めなかった。
苦しみの中で、いつも側にいた妖精様や精霊様たちが、彼を支え続けた。
希少な精霊石を届け、傷つけば癒し、言葉を交わしながら、長い十年間を共に耐えてくれた。
やがて、亡き妹が遺した「解放の指輪」によって、ヴァリアードはようやく呪いから解放された。
失われた十年を取り戻すことはできない。
それでも、ヴァリアードは立ち止まらなかった。
再び自らの意思で歩き始め、これまで培ってきた知識と力を、今まで通り、未来を守るために使う道を選んだ。
そんなヴァリアードに、新たな役割が加わった。
タスワンズ湖で精霊王様から告げられたのは、
『精霊王様の愛し子』そして、『世界の繋ぎ手』。
それは、ユキライアナ侯爵家が代々担ってきた、世界の様々な種族を繋ぐ役割だった。
ヴァリアードにとって、それは特別なことではない。
「御使い」であり、「御用聞き」。
ただ、それだけのことだった。
今のヴァリアードに、世界を変えようという大きな野望はない。
ただ、自分にできることを、自分が正しいと思う方法で続けていく。
その根底には、いつもエミリアの言葉があった。
「お兄様。精霊様や妖精様を大切にしてね。
それから、お兄様が正しいと思ったことを、誠実に生きてほしいの。
相手はね、水に映った自分と同じなのよ。
自分がされて嫌なことは、相手にもしないこと。
たとえ相手が自分にしてきたとしても、自分まで同じことをしなくていい。
それが、本当の強さだと思うの。
そして、誠実に生きるということだと思うわ。
自分の中にある大切なものを守ることができれば、それでいいのよ。
だから、ため息なんてつかないでね。
幸せが逃げてしまいそうで、私は苦手なの。
お兄様は真面目だから……何でも自分一人で引き受けようとするでしょう?
今の自分にできることだけを引き受けて。
無理なことは、ちゃんと『無理』と伝えていいの。
それは逃げることじゃないわ。相手にとっても、それが最善なのよ。
だから、お兄様。無理をしすぎないで。
自分の大切なものを守りながら、お兄様自身の人生を、ちゃんと楽しんでね。
私は、それが一番嬉しいわ」
ヴァリアードは、十年もの間、囚われていたときも。
自らの力を何のために使うのか迷ったときも。
その言葉は、ヴァリアードの中から消えることはなかった。
自分自身の人生を楽しむこと。
それは、幼い頃からエミリアが兄に伝え続けてきた、変わらない願いだった。




