363 三兄弟と曾祖父夫妻の対面
今日はタスワンズ湖にいる曾祖父上様、曾祖母上様とフォルたち三兄弟は初めて対面することになった。
叔父上とルノア様も一緒だ。
明日ヨーリアン帝国の魔術学院の寮に入ることになっている。
フォルたちはクロリナラドから二人のことを聞いていた。
「祖父上様と祖母上様は、竜皇国では有名なお二人で……竜皇国では、絵本にもなっている。」
クロリナラドがそう話すと、三人は驚いた。
「絵本……なのですか?」
その絵本は、番を怒らせてしまった竜が、眠ってしまった竜のもとへ何年も、何年も、毎日通い、謝り続けている竜の番夫婦の話だった。
番を怒らせたら、素直に謝ること。なかなか許してもらえないが、大切な相手を失わないために、何度でも向き合うこと。
そんな教訓を伝える絵本として、竜皇国の子供たちにも知られていると聞いて思い出した。
たしかに三兄弟も読んだことがあった。
「……あの絵本のお二人なのですね……」
フォル、ジュスト、サンセールは顔を見合わせた。
絵本の夫婦だとは思っていなかった。
「王弟の横領の話も聞いたな?相手から話されたら聞くだけにしなさい。質問はなしだ。
まだお二人には辛い話題だ。
それと今は正式に、お二人がタスワンズ湖の魔獣討伐や魔木の管理を仕事として、してくださっている。
そしてヤヌス殿が改心されるのを信じて待っている。」
そして、その二人がいる場所へ向かっていた。
実際に姿を見つけると、三人の足取りは少しだけ固くなった。
初めて会う曾祖父上様と曾祖母上様。
白銀の髪と濃紫の瞳。
あぁ……父上とも、祖父上とも似ている。
三人は互いに顔を見合わせながら、少し緊張した様子でフォールとマールの前へ進んだ。
マールは三人を嬉しそうに見つめると、一人ずつ優しく抱きしめた。
「はじめまして。マールよ。こうして会えて、本当に嬉しいわ。魔術学院にも入学おめでとう。大変だったと聞いています。頑張りましたね。」
三人は少し驚きながらも、素直にその腕の中へ身を預けた。
その様子を見ていたフォールは、しばらく黙っていた。
フォール自身は幼い頃から親に抱きしめてもらった記憶がない。
だから、どう抱きしめればいいのかも分からなかった。
そんなフォールの様子に気づいたマールが、そっと微笑む。
「フォールも、してあげたらいいのですよ」
「……私にできるだろうか」
「できるかどうかではありません。大切に思っているなら、それを伝えてあげるのです」
フォールは少し困ったように三人を見る。
そして、ぎこちなく腕を広げた。
「……こちらへ来なさい」
フォルたちが近づくと、フォールは不器用ながらも三人を優しく抱きしめた。
「……こういうものなのだな」
「そうよ。」マールが嬉しそうに頷いた。
しばらくして、フォルがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、父上から聞いたことがあります。
僕の名前は、曾祖父上様の名前から取ったのだと」
フォールが少し驚いた顔をする。
「私の名前から……?」
「父上からは、曾祖父上様の愛称から『フォル』と名付けたと聞きました」
フォールは静かにフォルを見つめた。
「……そうか」
どこか嬉しそうな表情が浮かんでいた。
すると、ジュストが続けた。
「私とサンセールの名前の由来を聞いています。
曾祖母上様が『もし兄弟ができたら、こんな名前がいいわね』と話していたことを祖父上様が覚えていたそうです。」
サンセールも続ける。
「父上も、またその名前を覚えていたんです。
そして僕たちが生まれた時、その時の名前を思い出して、名付けてくれたと聞いています」
マールは三人を優しく見つめた。
「まあ……。そんな昔の話を覚えていてくれたのですね」
「はい」三人が頷く。
フォールとマールは顔を見合わせた。
「……そうだったのか」
フォールは三人を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「私たちの知らないところで、ちゃんと繋がっていたのだな」
「ええ……」マールも嬉しそうに頷いた。
しばらく穏やかな時間が流れた後、フォールが三人に向き直った。
「私たち夫婦は、竜皇国の絵本の失態夫婦となってしまった」
フォールは一度言葉を止め、マールを見る。
「だが、今こうして、私たちはまたやり直している。
失敗している私からの言葉など、聞きたくないかもしれないが……」
そう言いながらも、フォールの声は穏やかだった。
「それでも、これだけは覚えておいてほしい。
誰もが、反省し、いつでもやり直し、生き直すことができるということを。
お前たちもマクアリール公爵家の皆様によってやり直すことができたときいた。
愚かな時間も、それも学びだ。次は誰かのために、
お前たちも、それを伝えてあげなさい。」
三人は黙って耳を傾けた。
「学院生活では、皆まだ若い。きっと問題も多いだろう。だが、それも其処でしか出来ない経験だ。肩書がない、ただの生徒として、出会えない者たちと、交流し、切磋琢磨しなさい。」
フォールは湖の向こうへ視線を向けた。
「人族は、我々より命が短い。次に会おうと思っても、もう会えない者が多い」
そして、三人へ視線を戻す。
「だからこそ、後悔がないように、再会を楽しみにしていると、別れる時には笑顔で伝えるのだよ。」
フォル、ジュスト、サンセールは静かに頷いた。
「強き竜人として、私はこれまで人の話を聞くことができなかった」
フォールは自嘲するように小さく笑った。
「……だが、今は反省している。少しずつでも、人の話を聞くようにしている。
自分のできることから、こつこつと積み上げていくしかない。
失った信頼を取り戻すには、それしかないのだ」
フォールは三人を見つめる。
「私たちは長命だ。その意味をよく考え、努力していきなさい。皆、仲良くな。」
「はい」三人が揃って答える。
すると、フォールは少し困った顔をした。
「……だが、私もまだ学びの途中だ。人の気持ちが分からないところが多くてな。マールには、よく怒られている」
「まあ、よくではありません。かなり、です」
マールが即座に訂正する。
「……そうだったな」フォールは苦笑した。
「だが、怒られることも……私のことを意識してもらえているのだと思うと、とても嬉しいのだ」
「……」
三人は呆れたように顔を見合わせた。
それでも、自然と笑みがこぼれる。
クロリナラドから聞いていた絵本の中の夫婦と、目の前にいる二人は同じだった。
不器用で、それでも互いを大切にしながら、今、やり直している。
三人はそんな曾祖父母上様を見つめながら、いつしか緊張も忘れ、穏やかな気持ちになっていた。
湖畔には、皆の穏やかな笑い声が静かに響いていた。




