362 『移転』の難しさ
翌日、マクアリール公爵家の応接室で、クロリナラドとルノアはフォル、ジュスト、サンセールの三人と顔を合わせていた。
「叔父上、ルノア様。旗取り合戦では応援いただき、ありがとうございました。残念ながら負けてしまいましたが……とても勉強になりました。次回は勝てるように頑張ります」
フォルが代表して挨拶をすると、三人は揃って頭を下げた。
「お疲れ様でした。凄い迫力でしたね。皆様、お怪我がなくてよかったです」
「はい、ルノア様」三人が揃って頷く。
その様子を見ていたクロリナラドが、ふと思い出したように口を開いた。
「ところで、三人とも『丁稚奉公の挨拶』と『ギルドの階級』、『卒論』と『移転』の魔法はどうだ?」
三人の表情が少し曇った。
「『丁稚奉公の挨拶』は済ませました。
『卒論』は、なんとか三人とも仕上げることができました。サラからようやく合格をもらえて、ほっとしています。
『ギルドの階級』は、魔木討伐のおかげでA級止まりで終えました。
ただ……『移転』は、本当に苦戦しています」
フォルが答える。
「魔法陣の理論は理解しています。ただ、自分の身体を移転させようとすると、感覚が掴めません」
「私も同じです。理論なら分かるのですが、実際に使うとなると難しいです」
ジュストも頷いた。
「私もです。それに、失敗すると身体が分裂する可能性があると聞いてしまって……恐怖心も出てきてしまって」
サンセールが困ったように笑う。
「そうか……。理論を正しく理解していれば、怖がる必要はないぞ。簡単にそうなるものではないからな」
クロリナラドは落ち着いた声で続けた。
「ただし、最初から難しいことをする必要もない。
まずは学院の教本に書かれている魔法陣を、そのまま使うことだ。
短縮も簡略化もしない。
確実に発動できるようになるまで、基本を何度も繰り返せばいい。
それから、今の段階では別の本を読みすぎないほうがいい。
それぞれに違った考え方や理論がある。
知識として学ぶのは大切だが、習得途中で混ぜると混乱する。
これは他の魔法陣も同じだ。
基礎をしっかりと身につけることが、一番の近道だ。
私も父上からもらった言葉を、そのまま伝えている。私も苦戦したぞ。懐かしいがな……」
「ああ……そうだったのですね。マクアリール公爵家の図書室は書籍がたくさんありますから……読み漁ってしまいました。もう一度、学院の教本で最初からやり直してみます」
フォルが頭をかいた。
「私も同じです。どんどん分からなくなってしまって……」
ジュストは苦笑した。
その言葉を聞き、ルノアが微笑む。
「私も『移転』は苦手で……習得するまで、かなり時間がかかりました」
「ルノア様もですか?」
「はい。私も読み漁って……ラド様に聞いて……ようやく納得できました。でも、他の方法も今は応用として使っていますので……読み漁ってよかったと思っています。学びに無駄はないんだなって。皆様のお話を聞けて、私も安心いたしました」
ルノアは三人を見渡した。
「私の場合は、小さな物から練習したのです」
「小さな物ですか?」
「はい。手のひらに乗るくらいの物を移して、できるようになったら、少しずつ大きくしていきました」
ルノアは両手で小さな物を包むような仕草をする。
「自分を移転させる時も、自分の身体をそのまま考えないようにしました。
小さな人形を思い浮かべて、それを両手を広げた距離から移転させるのです。
慣れてきたら人形を少しずつ大きくして、距離も少しずつ伸ばして……
最後に自分と同じ大きさにしました。
何度も何度も成功を重ねて、安心できるようになってから、最後に自分を、思い浮かべて、置き換えて、移転させました。
恐怖心との戦いだったのかもしれません」
「なるほど……」三人は頷いた。
「人によって、思い浮かべやすい方法や、置き換える感覚は違います。
皆様も、自分に合う方法を探してみてください」
「では、私も人形を使ってみます」
フォルとサンセールが顔を見合わせて頷いた。
「私は、魔法陣を何度も書いて、手順を身体に覚えさせてみます」
ジュストも答えた。
クロリナラドが頷く。
「急ぐ必要はない。全部を一度に完璧にしようとせず、『移転』はまだ一年あるからな。ゆっくり進めればいいぞ」
「はい」
三人の表情から、不安が少しずつ消えていった。
クロリナラドが少し考えてから、もう一つの話を切り出した。
「まだ三人には話していなかったな」
「何でしょうか?」フォルが尋ねる。
「実は、タスワンズ湖には先王夫妻の祖父上たちが療養に来ている」
「曽祖父母様ですか……?」
三人が驚いて顔を見合わせる。
「体調も整ってきて、タスワンズ湖周辺の魔獣討伐もしてくれているんだ」
三人は驚いたまま黙っている。
「三人とも、初めてだったな」
「はい」
クロリナラドは少し笑った。
「父上からも伝言を預かっているんだ。『学院へ行く前に、しっかりと挨拶をしてから行きなさい』とのことだ」
三人は顔を見合わせ、揃って頷いた。




