36 お母様の緑茶とオハギ
クロリナラドが、そっとルノアの前に緑茶を置いた。
「ルノア、緑茶を飲むかい?
君のお母様が緑茶を作ったことは知っているよ。私も大好きなんだ。茶菓子もあるよ。
たくさん泣いたから、喉が渇いたでしょう?
大丈夫かな? 少し休憩しよう」
「えっ……?」
緑茶があることに、思わず驚いた。
久しぶりに飲んだ緑茶は、懐かしい味がした。
ほっとする。
懐かしい香りと味に、少しだけ心が落ち着いていく。
すると、クロリナラドが魔空間から再び何かを取り出した。
「……え?」
目の前に置かれたのは、オハギだった。
「おはぎ……?」
また驚いている私を見て、クロリナラドは楽しそうに笑った。
「これも、もちろん君のお母様が作ったものだよ」
そう言って、おはぎを包んでいる紙を指差す。
「モチゴメもアズキアンも、一から作ったんだ。
ほら、この包み紙に書いてあるでしょう?」
包み紙には、オハギが作られるまでの歴史が、まるで手紙のように書かれていた。
「こういうふうに、作った人がどんな思いで作ったのかまで包み紙に書く人は、今までいなかったんだよ。
ほら、『構想から十五年』って書いてあるでしょう?
創業から何年経ったのかも、毎年変わる包み紙に書かれているんだ」
クロリナラドは、包み紙を指でなぞりながら続けた。
「モチゴメは東大陸のランズ王国で見つけて、南大陸でも育てられるように改良したらしい。
アズキアンも同じだよ。
真っ黒な豆を甘くするなんて、こちらにはなかった味付けだった。
それに、高価なサトウを使うのではなく、テンサイを砂糖の代わりに使ったことも、ここに書いてあるでしょう?」
「……本当に、全部書いてある」
「そうなんだ。
食べたことがない人でも、『ちょっと食べてみようかな』と思えるようにする。
この包み紙は、そんな一通の手紙みたいなものだったんだよ」
クロリナラドは、少し嬉しそうに笑った。
「それに、この包み紙には腐敗を防ぐ工夫もされていてね。
『開封したら、その日のうちにお召し上がりください』とも書いてあるでしょう?
だから冒険者たちにとっては、美味しい携帯食にもなったんだ」
そして、今度は緑茶の袋を手に取った。
「緑茶も同じだよ。
東大陸のランズ王国から持ち込んだものを、マクアリール公爵領で育てられるように改良したんだ。
『汚れた水でも、お湯と一緒に一杯分なら浄化できます。ぜひ一緒にどうぞ!』
ほら、ここにも書いてあるでしょう?」
「本当だ……」
包み紙を見つめていると、クロリナラドが突然声を上げた。
「あっ。また新しい情報だ」
「え?」
「緑茶は南大陸で、冒険者ギルドの一番人気になったと書いてあるよ」
「一番人気……?」
「そうみたいだね。
それに、この包み紙自体は安価なんだ。
魔法を使える人ばかりではないから、誰でも買えるようにしたんだろうね。
今のところ、このおはぎや緑茶を作るための方法は、マクアリール公爵領でしか再現できないみたいだ。
でも、美味しいからね。
一度食べたら、すっかり気に入ってしまった人も多いんだよ。
竜皇国でも、今では南大陸でも人気になっている。
マクアリール公爵領の特産品であるオハギと緑茶を、知らない人はいないくらいになったんだ」
その話を聞いて、私はふと思い出した。
王宮のお茶会でも、確かにおはぎと緑茶が出されていた。
各領地のお土産が並んでいて、その中でも十個入りのオハギと、十袋入りの緑茶のセットが、あっという間になくなっていた。
確か、隣にいた女の子が、
「これ、すぐになくなっちゃうんだよ」
と話していた気がする。
私は、目の前のオハギと緑茶を見つめた。
「……お母様、どうしても、こちらでも食べたかったんだなぁ……」
そう思うと、胸が少しだけ温かくなった。
きっと、食べたいと思っただけでは終わらなかったのだろう。
材料がなければ探して、育てられなければ改良して、作り方を考えて。
そして、ようやく自分が食べたかった味を作り上げた。
そんなお母様の姿を想像すると、なんだか可笑しくて、少しだけ嬉しくなった。
「……お母様、頑張ったんだね」
懐かしい緑茶の香りと、おはぎの甘い匂いに包まれながら、私は小さく笑った。




