35 愛し子であって聖女ではない?
「戦争のことや、前の私の記憶を……今の私が思い出すことはありますか?」
私が尋ねると、福ちゃんは首を横に振った。
「ルノア。竜神様が記憶を消した。だから、思い出さないよ」
「……どうしてですか?」
「前のルノアが、そう願ったから」
福ちゃんは、少しだけ考えるように瞬きをした。
「次は、ただ大好きな人と一緒にいたい。
自分の役割をちゃんと果たして、静かに幸せに暮らしたい。
それだけでいいって言ったの」
私は胸が締め付けられるような気持ちになった。
「それからね……竜神様が言ってた。
クロリナラドがルノアの番だと分かったなら、今度こそ『白銀の番の誓い』を交わしてほしいって。
それから、月に一度は会いに来てほしいって。
『今度こそ幸せに』って。
……注文が多くてごめんね、って言ってたよ」
福ちゃんは、少し困ったような顔をした。
私は思わず、胸元へ手を当てた。
「……そうだったんですね」
しばらく考えてから、私は福ちゃんに尋ねた。
「福ちゃんは……私が転生者だと知っていたの?」
「ルノアはルノアだよ」
福ちゃんは迷いなく答えた。
「福に名前をくれて、優しくしてくれた、大好きなお姉さん」
「お姉さん……?」
「うん。福はルノアが大好き」
福ちゃんは嬉しそうに羽根を揺らした。
「使役されていた子が、守護獣になることはほとんどないんだって。
福は神獣とも聖獣とも、いろいろ言われるけど……守護獣は、魔力だけではなれないの」
「じゃあ、どうして福ちゃんは……?」
「優しいルノアを大好きになったからだって、聞いたよ」
福ちゃんは胸を張った。
「転生者っていうのは、竜神様から聞いたけど……福には、まだよく分からない。
でも、ルノアはルノア。
番のことなら、福にはすぐ分かる。
クロリナラドとルノアは、同じだよ」
「同じ……?」
「うん。二人とも、ちゃんとお互いを大事にしてる」
福ちゃんは、少しだけ真剣な顔になった。
「福もルノアと一緒に、もっと勉強する。
自分で、何が正しくて、何が正しくないのか分かるようになる。
そして、もっと強くなって……ルノアを守る」
「福ちゃん……」
私は思わず、福ちゃんを抱きしめた。
すると福ちゃんは嬉しそうに羽根を広げた。
「ルノア、もう一つ聞いてもいい?」
「うん」
「私は……竜神様の愛し子であって、聖女ではないんですか?」
福ちゃんは少し考えてから答えた。
「ルノアは、聖女の仕事もできるよ。
でも、竜神様がルノアにしてほしいことは、それじゃない」
「……そうなの?」
「聖女は、各国にいるから」
福ちゃんは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「誠実に対応する国には、聖女が生まれ続ける。
でも、少しずつ減っていく。
悪い人が増えるから。
……仕方ないんだって」
福ちゃんは悲しそうに目を伏せた。
「人族は、命が短い。
いろんな人と番うから、魔力も少なくなっていく。
それに、戦争をするから……大切なものが、ちゃんと繋がらなくなる」
「……」
「ただ誠実に生きるだけなのに……。
自分たちで、自分の国を潰しちゃう」
福ちゃんは、小さな身体で一生懸命に言葉を探していた。
「何度も、何度も同じことを繰り返す。
人族は、欲しいものがたくさんあるから」
そして、私を見上げる。
「でもね。
欲しいものだって、大事な命があるから手に入れられるのに。
生きているだけでも幸せなのに。
それは当たり前じゃないのに……」
福ちゃんは首を傾げた。
「話を聞いても、どうして分からないの?
福には……それが分からない」
その言葉は幼い福ちゃんのものなのに、なぜかとても重く、私の胸に残った。




