352 ラルフの分析と予想
カーナリアン王国のロバート国王が、机の上に並べられた書類へ目を落とした。
「ところで、ラルフ公爵。五組での総当たりになるのだろう? ならば、どう見る? どこが一番強い?」
ロバートは椅子に深く腰掛け、ラルフを見た。
ラルフはすぐには答えなかった。
机の上に置かれた参加者の一覧へ目を落とし、一人ずつ名前を確認する。
「……旗取りという条件なら、通常の軍事力とは少し違う見方が必要になりますね。十人という少人数。試合時間は五分。魔力は一割まで。さらに、旗を奪って自陣まで戻らなければ勝ちにならない」
ラルフは指先で書類を軽く叩いた。
「つまり、個人の強さだけでは勝てません」
「では、何を見るんだ?」
ヴァリアードが聞いた。
「判断の速さ。足の速さ。持久力。そして、仲間が何をするかを考えずとも動ける連携です」
ロバートは黙って聞いている。
「その条件で考えると、まずカーナリアン王国は苦戦するでしょう」
「……いきなり自国を下げるのか?」
ラルフは平然としていた。
「カーナリアン王国軍は、正面からの戦闘や集団戦では強い。ですが、今回は人数が十名しかいません。さらに、魔力も大きく制限される」
「確かに、普段の戦い方とは違うな」
ロバートが答える。
「ええ……三兄弟も演習に参加し、体力も筋力も魔術も格段に向上いたしましたが、政治的な立場と戦闘能力は別です。隠密の方々も優秀でしょうが、十人全体として、どこまで即興で動けるかは未知数です」
ロバートは苦笑した。
「容赦がないな」
「評価を間違えるほうが危険です」
ラルフは次の名前へ視線を移した。
「竜皇国は厄介です」
「やはり竜皇国か」
「はい。常駐軍だけでも基礎能力が高い。それにフォルとジュストが加わる」
ラルフの表情が僅かに引き締まった。
「身体能力では、かなり上位に来るでしょう。魔力を一割に制限しても、素の身体能力が高ければ、それだけで脅威になります。しかし……」
「弱点は?」
「連携です。竜皇国としての連携ではなく、今回集められた十名の連携です」
ラルフは淡々と答えた。
「軍としての連携は強いでしょう。しかし、今回の組み合わせで、全員が互いの考えを瞬時に読めるとは限らない。五分という短い時間では、そこが大きな差になります」
「なるほど」
「個々は強い。しかし、旗取りでは、それだけでは勝てない」
次に、ラルフはリオンブラン王国の名前を見る。
「リオンブラン王国は、かなり読みにくいです」
「レオンジュニア殿下と双子の弟殿下と隠密か……」
ラルフは少し考えた。
「特にリキ、ロア、ライの三人は、普通の兵とは考えないほうがいいでしょう」
ラルフは静かに言った。
「三人とも、相手を見る能力が高い。こちらの動きを観察し、次に何をするかを読むことに長けているはずです」
「ならば、かなり強いのでは?」
「強いでしょう。ただし……」
ラルフは一拍置いた。
「旗を取ることと、相手を倒すことは違います」
ロバートが頷く。
「リオンブラン側は、相手の動きを読むことには長けていても、十人全員が五分間、同じ速度で動けるかは分かりません。個人の能力差が連携のズレになる可能性もある。と見ています。」
「つまり、戦闘能力よりも競技への適応が問題か」
「その通りです」
そして、ラルフは最後の二組へ目を移した。
「マクアリール公爵家二軍は……サンセールが率いるのであれば、最も予測しにくいでしょう」
「お前のところの二軍だぞ?」
「だからこそです」
ラルフは苦笑した。
「サンセールは、相手に自分の意図を悟らせないことに長けています。正面から攻めると思わせて別方向から動く。守っているように見せて、相手を誘い込む。あの方の軍略は、相手が理解したと思った瞬間に形を変えます」
「それは厄介だな」
ヴァリアードが笑う。
ラルフは少しだけ目を細めた。
「ただし、今回の旗取りでは、それをどこまで使えるかは分かりません。時間が五分しかないからです」
ラルフは即答した。
「複雑な策を仕掛ける時間がありません。相手を誘導し、こちらの意図を隠し、数手先を読ませる。その前に試合が終わる可能性がある」
「なるほどな」
ロバートが納得した表情を浮かべる。
そして最後に、ラルフは自らの一軍の名前へ目を向けた。
ロバートがそれを見て笑う。
「では、最後は自分のところか? どう評価する?」
ラルフは少しも迷わなかった。
「一番強いです。間違いなく優勝です」
ロバートが眉を上げる。
「随分とはっきり言うな」
「ですが、確実とは言いません。我が公爵家一軍には、決まった戦術を持たせていませんので……」
ロバートが目を見開いた。
「持たない?」
「はい」
ラルフは静かに続けた。
「今回の旗取りで、最初から作戦を決める意味は薄いと考えています。相手がどう動くか分からないからです」
ラルフは五組の名前を並べて見た。
「十人全員が、目の前の状況を見て判断する。それぞれが自分の役割を固定せず、必要なら攻める。必要なら守る。旗を持つ者が追われれば助ける。逆に、旗を狙える者がいれば、他の者が自然に道を作る」
「つまり……」
「誰か一人の命令で動くのではなく、全員が自分で判断して動くのです」
ラルフはそこで初めて、わずかに笑った。
「その十人が、長年一緒に鍛えてきた者たちです」
「連携……阿吽の呼吸か」
ロバートは腕を組んだ。
「では、ラルフ。お前なら順位をどう予想する?」
ラルフは少し考えた。
「予想ですので、外れる可能性はあります。
一位候補は、我が公爵家一軍。
二位はサンセールの二軍。
三位はリオンブラン王国。
四位が竜皇国。
カーナリアン王国が五位候補です」
ロバートは苦笑した。
「国王である私の前で、よく言えるな」
「国王陛下だからこそ、正直に申し上げています」
「それもそうだな」
二人は顔を見合わせる。
やがて、ロバートが笑った。
「面白い。そこまで言うなら、実際に見てみよう」
「はい」
ラルフは書類を整えた。
「ただし、私の予想も当てにならないかもしれません。相手も同じように、こちらを分析してくるでしょうから」
その言葉に、ロバートは楽しそうに笑った。
「なるほど。ならば、勝負は始まってみなければ分からないということだな」
「その通りです」
ラルフは静かに頭を下げた。
「だからこそ、面白いのだと思います」




