344 竜皇宮・新春御前披露
竜皇宮。
その大広間には、竜皇国の王族をはじめ、王都を代表する名だたる貴族家の当主と跡継ぎたちが一堂に会していた。
今夜は、特別な宴が催されている。
『竜皇宮・新春御前披露』
竜皇国第二王子、クロリナラド殿下が『運命の番』を得たことを、竜皇国の社交界へ正式に披露するための宴である。
そして今夜は、竜皇国にとっても歴史的な夜だった。
これまで他国との干渉を避け、独自の道を歩んできた。
その竜皇国が、初めて友好国として認めたのがカーナリアン王国だった。
今夜は、そのカーナリアン王国からロバート国王が正式に招かれ、竜皇宮を訪れている。
外国の国王が竜皇国を公式に訪問すること自体、これまで認められてこなかった。
それを初めて許されたのが、ロバート国王だった。
そして、もう一つ。
すでに締結されているマクアリール公爵領との
『不可侵地域条約』についても、今夜あらためて正式に報告された。
公爵領には竜皇国軍が配置され、その安全が竜皇国によって保障されている。
それは、ルノアを通じてマクアリール公爵家と竜皇国が深く結びついていることを、改めて示すものだった。
そのロバート国王とともに招かれたのが、マクアリール公爵家当主ラルフと、伯父のヴァリアードである。
竜皇国の魔導省外部最高責任者顧問であり、来期からは、竜皇国の魔術学院の
特別客員教授として教鞭を取ることを皆周知している。
今夜ばかりは姪を見守る伯父としてこの場にいた。
「人族というが……本当に殿下の『番』なのか?」
「一体、どのような娘なのだろう……」
広間では、そんな囁きが交わされていた。
『竜皇国の第二王子が、人族の少女を『運命の番』として得た』
その噂は、すでに王都の社交界を駆け巡っている。
だが、実際にルノアを見た者はほとんどいない。
誰もが、大広間へ続く扉を見つめていた。
そして、扉から姿を現したのは、白銀の髪と紫の瞳を持つクロリナラド。
その隣には、一人の少女が立っていた。
「………!!」
誰もが息を呑んだ。十一歳。そう聞いていた。
けれど、目の前を歩いていくルノアは想像していた以上に美しかった。
以前よりも背が伸び、クロリナラドの胸ほどまでに届いている。まだ幼さの残る少女でありながら、その容姿には不思議な神秘性があった。
白銀の髪。透き通るような肌。静かに輝く紫の瞳。
まるで雪の中に咲く花のような、清らかな美しさだった。
そして貴族たちの視線が、ルノアの腕に輝く白銀の腕輪へ集まる。
そこに込められた強大な防御の力と、害をなそうとする者へ返される呪い返しの存在を、魔力に敏感な者たちは感じ取っていた。
マクアリール公爵家へ呪の込められた手紙や贈り物を送り、その呪いを返されて社交界から姿を消した者たちがいた。
「奇病」と噂があったが貴族たちは、その意味を改めて理解した。
あれは「奇病」ではなかった。
ルノアへ害をなし「術返し」されたと正確に伝わった。
だが、当のルノアは周囲の緊張など知らない。
少し緊張した様子を見せながらも、堂々と国王夫妻の前へ進み、美しい礼をした。
紹介が終わると、今度は貴族たちへの挨拶が始まる。
「本日はお目にかかれて嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします」
竜皇国語の発音は完璧。
姿勢も美しく、礼儀作法にも一切の乱れがない。
だが、貴族たちが驚いたのは、それだけではなかった。
ルノアは相手の身分に関係なく、一人ひとりに丁寧に声をかけた。
貴族だけではない。侍従にも、給仕にも、楽師にも、変わらぬ笑顔を向ける。
「竜皇国の皆さまにお会いできて、とても嬉しいです」
その瞳にあったのは、警戒でも恐怖でもなかった。純粋な尊敬だった。
そして、もう一つ。
ルノアが近づくたび、高い魔力を持つ貴族たちは身体の重さを感じていた。
……高魔力酔い。
十一歳の少女とは思えないほど、ルノアの魔力は濃密だった。それでいて、濁りがない。
貴族たちは必死に防御結界を張りながら、平静を装っていた。
そんな中、一人の低位貴族が壁際へ下がる。
顔色の悪さに気づいたルノアが、すぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「はい。問題ございません」
「でも……少しお顔の色が悪いです。少しだけ癒しますね」
ルノアが手を差し出すと、淡い光が広がった。
身体を包み込む優しい癒しの魔力。
重かった頭も、身体の疲れも、嘘のように消えていく。
「……ありがとうございます」
「いいえ。もう大丈夫ですか?」
「はい」
「……良かった」
微笑むルノアを見つめ、貴族たちは静かに息を呑んだ。
高い魔力。強い癒しの力。完璧な礼儀作法。
そして、身分に関係なく人を思いやる心。
誰もが、同じ結論へたどり着いていた。
『この少女は、次代の王族にふさわしい』
いつしか『殿下の人族の番』だった呼び方は、『ルノア様』へと変わっていた。
やがて、祝福の言葉が一人、また一人と贈られる。
「クロリナラド殿下。ルノア様。ご婚約、誠におめでとうございます」
「どうか、末永くお幸せに」
そこには、もう警戒も打算もなかった。
ただ、二人の未来を願う温かな祝福だけがあった。
「ありがとうございます」
ルノアが嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見つめながら、貴族たちは思った。
「どうか、今度こそ幸せになってほしい。」
こうして『竜皇宮・新春御前披露』は、未知の少女への驚きと警戒から始まり、最後には二人を歓迎する温かな宴となった。
白銀の誓いに守られた二人を祝福するように、竜皇宮の夜は静かに更けていった。




