343 ナダルノ侯爵家からの報告
王宮の一室に、国王陛下夫妻、王太子夫妻、そして第二王子クロリナラドが集まっていた。
その前に立っているのは、
ナダルノ侯爵家三男サバスチャン。
サバスは一枚の報告書を両手で持ち、しばらく黙っていた。
そして、意を決したように深く頭を下げた。
「……このたびは、誠に申し訳ございませんでした」
国王陛下が目を瞬かせる。
「サバス。顔を上げなさい。一体どうしたのだ。」
「いえ……まずは、私からご報告を」
サバスは頭を上げると、苦々しい表情で報告書を差し出した。
「ルノア様の教育について、ナダルノ侯爵家としてご報告申し上げます」
王太子が書類を受け取る。
「何か問題があったのか?」
「問題……と言いますか」
サバスは一度言葉を濁した。
「この度私の次女エレナが、教育者としてつきましたが、少々教育に熱が入りすぎまして……」
クロリナラドが首を傾げる。「エレナが?」
王太子が報告書を開く。ユキノアも覗き込む。
そこには、ルノアの礼儀作法、全言語、歴史、王族としての基礎教育について、非常に細かく記録されていた。
「礼儀作法については、ほぼ問題なし……全言語についても高水準……」
王妃が横から覗き込む。
「サラたちの教育が、想定以上に完成されていたのですね」
「はい。それで、エレナは『自分の教育者としての役割がない』と少々落ち込んだようでして……」
サバスの声が小さくなる。
「そこで、護衛、隠密としての教育に力を入れた、と……」
「なるほど」国王陛下は頷いた。
「それは別に問題ではないのでは?」
「……その後が問題でございます」
サバスは再び頭を下げた。
「サライより、訓練は必要最低限にするよう申し渡されていたにもかかわらず……エレナは、サライが不在の際に訓練を進めまして……」
クロリナラドが眉を寄せる。
「どこまで?」
サバスは報告書をめくった。
「基礎体力訓練。護身術。拘束からの離脱。隠密移動。気配遮断。複数人からの離脱。暗闇での移動。防衛体術。そして木剣を使用した対武器訓練……」
「………!?」部屋が静まり返った。
王妃がゆっくり報告書を見る。
「それは……かなり多いですね」
「はい」
サバスは苦しそうに頷いた。
「しかも、最終的にエレナは『完成しました』と報告してきました」
「完成?何が?」
クロリナラドの声が低くなる。
サバスは一瞬、言葉を選んだ。
「……護衛隠密として、だそうです」
「………!?」
クロリナラドの表情が固まった。
「十一歳のノアが隠密?」
「はい」
クロリナラドは額に手を当てた。
「エレナ……」
国王陛下は報告書を読みながら、次第に口元を緩めていった。
「なるほど……」
「陛下?」
「いや。ルノアがどれほどできるようになったのか、少し見てみたいと思ってな」
「……父上」クロリナラドが呆れたように見る。
「そこではないでしょう」
王太子も報告書を読みながら苦笑する。
「だが、ルノアが怪我をしていないのであれば、大きな問題ではないのでは?」
「もちろん、それが最優先です」サバスが答える。
「訓練による怪我はありません。エレナもそこは徹底しておりました。ただ……サライが中止と命じた訓練を、隠れて進めたことが問題でございます」
「それは……」
王妃が困ったように笑う。
「エレナらしいと言えば、エレナらしいな。」
「笑い事ではございません!」
サバスが思わず声を上げた。
全員がサバスを見る。
「……大変失礼いたしました」サバスは再び深く頭を下げた。
「ナダルノ侯爵家は代々、王族を支える家として、決められたことを守ることこそが務め。にもかかわらず、私の娘がその規律を破りました。
父として、そして侯爵家として、深くお詫び申し上げます」
国王陛下は静かに立ち上がった。
そして、サバスの肩へ手を置く。
「頭を上げなさい」
「しかし――」
「私は怒っているわけではない」
サバスが顔を上げる。
国王陛下は笑っていた。
「むしろ、そこまでルノアのことを考えてくれたことには感謝している」
王妃も頷く。
「ええ。サライが止めなければならないほど、ルノアの才能を伸ばしたということなのでしょう?」
「……その通りでございます」サバスは複雑そうに答えた。
王太子が笑う。「ならば、問題はルノアではなく、エレナの加減の問題だな」
「はい……」サバスが即答する。
「そこは私も同意いたします」
するとクロリナラドが報告書を手に取った。
「僕にも見せてください」
クロリナラドは内容を読み進めていく。やがて、その口元がわずかに緩んだ。
「……ノアらしい。きっと、本人も楽しんでいたんでしょうね」
サバスが答える。
「はい。非常に生き生きと楽しそうだったと聞いております」
クロリナラドは小さく笑った。
「なら、エレナだけを責めるわけにもいかないな」
「殿下まで……」サバスが困ったように呟く。
その様子を見ていた王妃が、ふっと笑った。
「では、これでよいのではありませんか?エレナには、今後必ず許可を取ることを約束させる。それ以外は、ルノアの才能を伸ばしてくれたことに感謝しましょう」
国王陛下も頷いた。「そうしよう」
そしてクロリナラドへ視線を向ける。
「ただし、次にエレナが勝手に訓練を増やしたら……」クロリナラドが真顔で答えた。
「僕からも止めます」
サバスは、ようやく胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
だが、その直後。
王太子妃のユキノアが報告書の最後のページをめくった。
「……ところでサバス」
「はい?」
「この『現在のルノア様の隠密技能……実戦使用可能』という評価は、どういう意味ですか?」
「…………!?!」
サバスの顔が引きつった。
「エレナぁぁっ!!!」
王宮に、ナダルノ侯爵家の悲鳴にも似た怒声が響き渡った。
エレナへの罰は、三か月間、ルノアの教育と護衛訓練を必ずサラたちの立ち会いのもとで行うこと。
そして新しい訓練を追加するときは、必ずサラたちとサバスの許可を取ることになった。
さらに、勝手に増やした訓練内容をすべて報告書にまとめ、今後の教育計画を作り直すよう命じられた。
「分かりました……」
素直に頷くエレナだったが、サバスは最後に念を押した。
「才能を見つけても、勝手に伸ばすな!」
「……はい」
これが、エレナに下された一番分かりやすい罰だった。




