341 竜皇国でのお披露目
国王陛下が、ふと思い出したようにクロリナラドへ視線を向けた。
「そうだ、クロリナラド。もう一つ、話しておかなければならないことがある。カーナリアン王国では、お披露目を終えているな」
「はい」
「だが、竜皇国ではまだだ」
クロリナラドは、ぱちりと目を瞬かせた。
「……こちらでも、ですか?」
「当然だ」王太子が笑う。
「カーナリアン王国で披露したからといって、竜皇国の社交界まで済ませたことにはならない。
こちらにはこちらの社交界がある。お前が王族として正式に番を得、その相手と婚約したことを、貴族たちの前で披露する必要がある」
「わかりました」
国王陛下は、机の上に置かれていた書類へと目を落とした。
「そこで、二人に相談したい。時期については、急ぐ必要はない。問題は、どこで行うかだ」
「場所、ですか?」
「ああ。王宮の大広間で、盛大に行うこともできる。
だが、お前たちが静かに暮らしたいという希望もある。だから、従来のような大規模な舞踏会ではなく、王族と主要な貴族だけを招いた正式な『竜皇宮・新春御前披露』とする案もある」
王妃が、穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「華やかさを競うためではなく、二人を皆に知ってもらうための場です。ルノアが無理なく過ごせる形を、一緒に考えたいと思っています」
ルノアは二人の言葉を聞きながら、少し考え込んだ。
「あの……」
「どうした?」
王妃に促され、ルノアは一度クロリナラドへ視線を向けてから、国王陛下へと向き直った。
「そのお披露目のこととは別に、私からお願いしたいことがあります」
「何だ? 言ってごらん」
「私は……ラド様の婚約者として、私自身にも養育者や教育者を置いていただきたいです」
その言葉に、クロリナラドが驚いたように目を見開いた。
「ノア……?」
「私は、これまでサラたちにいろいろなことを教えてもらいながら過ごしてきました。でも……できれば、お披露目までにナダルノ侯爵家の教育を受けて、私に足りないものがないか確認していただきたいです。
足りないものがあるのなら、きちんと補って学びたいです」
ルノアは、ゆっくりと言葉を続けた。
「竜皇国では、番がいる者は、ほとんど社交の場に出ず、番と共に穏やかに暮らすことが多いということは理解しています。
それに、私はこれまでサラたちと一緒に、礼儀作法や全言語についても勉強してきました」
そこで一度言葉を切り、少しだけ不安そうに笑う。
「サラたちにも相談したのですが、やはり竜皇国の正式な教育者の方に確認していただいて、お墨付きをいただくのが良いのではないかと助言されました」
ルノアは膝の上で、そっと手を握った。
「でも……まだ何か、学び足りないものがあるのではないかと思ってしまって……」
誰も口を挟まなかった。
「王族として必要なこと。婚約者として知っておくべきこと。そして……いつか私たちに子どもが生まれたとき、その子がどのような教育を受けるのかも、私は今から知っておきたいです」
ルノアは、自分の小さな手を見つめながら続けた。
「将来、自分の子どもに『お母様は教育を受けていないでしょう』なんて言われないようにしたいんです。
私自身がきちんと学んで、考えて、その子たちが何を教わるのかを知っておきたいです」
そして、まっすぐに国王陛下を見つめた。
「今の私には、まだ学べることがたくさんあると思います。
だから……王族としての礼儀作法も、政治や歴史も、竜皇国の文化も。必要なことを、きちんと竜皇国の専門の方から教えていただきたいです」
静寂が落ちた。
やがて国王陛下は、深く頷いた。
「……立派な考えだ」
王妃も、嬉しそうに微笑む。
「それなら、こちらも喜んで用意しましょう。ルノアが自分の意思で学びたいと言ってくれたことを、私たちは何より嬉しく思います」
王太子も頷いた。
「それなら、お披露目の場も、ただ『クロリナラドの婚約者を紹介する場』ではなくなるな」
「はい」
ルノアは小さく頷いた。
「私も、いつか竜皇国の王族として、皆様の前に立ったときに恥ずかしくないようにしたいです」
クロリナラドは、そんなルノアを見つめると、柔らかく微笑んだ。
「……ノアなら、きっと大丈夫だよ」
「ありがとうございます、ラド様」
国王陛下は、そんな二人を見つめ、静かに頷いた。
「では、決まりだ。お披露目の場所と時期は、二人の教育の進み具合も見ながら決めよう」
こうして竜皇国では、二人の未来を祝うためだけではなく、ルノア自身が王族として歩み始めるための準備も、静かに始まることとなった。




