340 受け継がれるもの、変えていくもの
クロリナラドとルノアは、
竜神様の定例の面会を終え、国王陛下夫妻と王太子夫妻の私室へ呼ばれていた。
四人の表情は穏やかだったが、これから伝えられることが、竜皇国の未来に関わる重要な決定であることは、二人にも分かっていた。
「まず、二人に伝えておきたいことがある」
国王陛下が静かに口を開く。
「今後、王位継承権を持つ者の子は、例外なく、養育者、教育者兼執務長を置くことが正式に決まった。」
「……例外なく、ですか?」
クロリナラドが尋ねると王妃が頷いた。
「ああ……王族だからこそ、幼い頃から誰か一人の価値観だけで育ててはいけない。愛情を注ぐ者、学びを導く者、そして王族としての務めを支える者。
それぞれの役割を明確にした。」
さらに国王陛下が続けた。
「そして、その役目を担う家として、代々、王族の養育者、教育者兼執事長を務めてきたナダルノ侯爵家に、正式に役目を戻すことになった。」
クロリナラドは、わずかに目を見開いた。
「ナダルノ侯爵家に……」
「そうだ」王太子が頷く。
「今までは、王族が『自分たちで育てたい』と言えば、私たちのように王族の希望通りになった。
それを禁止し、曖昧だった慣習について、今後、王族であっても、ナダルノ侯爵家の教育や養育方針に干渉することは一切認めないとした。」
その言葉に、クロリナラドは息を呑んだ。
「昔ながらの良いものは残す。それだけに固執することもしない。
新しい学習法を取り入れ、時代に合わせて柔軟に変えていく。
ナダルノ侯爵家は、積極的に監察院も受け入れ、決して立ち止まってはいない。」
王妃の言葉に、ルノアも静かに頷いた。
その場の空気が少しだけ変わった。
「次に竜舎の職員についてだ」
国王陛下が語る。
「私たちの白竜四頭がクロリナラドに頭を下げたあの日、我々は改めて思い知らされた。
竜たちは、声を持ち、意思を持ち、そして我々が知らなかったことを知っている。
あの日を境に、竜舎の職員たちには新しい契約書が用意された。
これまでの古い認識を改め、竜を一個の意思ある存在として尊重すること。
クロリナラドが『竜神様の愛し子』であることを口外してはならないと付け加えた。」
国王陛下は、机の上に置かれていた一枚の書類へ手を伸ばした。
それは、かつてクロリナラド自身が提出した『王位継承権放棄書』だった。
「これは、私が預かっていたものだが……」
クロリナラドは、その書類を見つめた。
あの頃は、それが自分にできる唯一のことだと思っていた。
自分が王族であることを捨てれば、兄上を守れるとそう信じていた。
「クロリナラド。ありがとう。もう、必要ない。」
ルディノールがしっかりとクロリナラドを見た。
「今日をもって、この放棄書は正式に破棄する」
国王陛下はその書類を二つに裂き、火の魔法で焼いて消滅させた。
クロリナラドは、何も言えなかった。
ただ、胸の奥にあった長い間の緊張が、少しずつほどけていくのを感じていた。
「クロリナラド。お前は王族だ」
国王陛下の声は、穏やかだった。
「そして、これから生まれるクロリナラドとルノアの子どもたちも、例外なく王位継承権を持つ。その立場から逃げることはできない。」
「……はい」
小さく返事をしたクロリナラドに、王妃が優しく微笑んだ。
「だからこそ、今後は王族として、ナダルノ侯爵家による養育者、教育者兼執務長、そして隠密護衛を受け入れてもらう。」
クロリナラドは、少し困ったように眉を寄せた。
「そこまでしてもらう必要は……」
「あります」即座に返したのはルノアだった。
クロリナラドが振り返る。
「ノア?」
「ラド様が嫌がる気持ちは分かります。でも、規律は誰かを縛るためだけにあるものではありません。
王族として守るべきものがあるからこそ、必要なのだと思います」
ルノアは真っ直ぐにクロリナラドを見つめた。
「私たちだけが例外になってしまえば、また同じことが起こります。だから、私たちも決められたことを守りましょう」
しばらく黙っていたクロリナラドは、やがて小さく笑った。
「……分かった。ノアがそう言うなら、受け入れる」
国王陛下夫妻も、王太子夫妻も安堵したように頷いた。
そして、話はルノアへと移った。
「それから、ルノア」
王妃が優しく声をかける。
「以前、マクアリール公爵家へ届いた不快な贈り物や手紙についても、すでに報告を受けています」
ルノアが顔を上げた。
「はい」
「心配をかけた。あの件はすでに、それぞれ、法に照らし合わせ、裁かれた。」
国王陛下がはっきりと告げる。
「関係するものについては必要な処置を終え、贈り物や手紙もすべて処分した。むしろ、こちらが謝らなければならない。今後同じことを繰り返さないための仕組みを整えた。これからこの国に嫁いでくる者たちが、過去の悲劇を繰り返すような環境に置かれることがないようにする。
ドワーフだろうが、獣人だろうが、人族だろうが、何人たりとも差別なく、安心して嫁いでもらえる国へと変えていく。
そして、『竜神様の愛し子』についても約束する。
家族の中では、クロリナラドが隠さず相談できる環境を整えた。
ただし、世間に公表することはしない。二人が静かに暮らせることを何より優先する。」
ルノアは、胸の奥が温かくなるのを感じた。
そして少し迷ったあと、顔を上げた。
「私からも、一つお伝えしたいことがあります。
私は……ヨーリアン帝国の魔術学院を卒業したら、竜皇国の魔術学院の竜共生医術科へ進みたいと思っています。将来は、竜医になりたいです」
全員が目を向ける。
一瞬の静寂。けれど次の瞬間、王妃が嬉しそうに微笑んだ。
「素敵な夢ですね。応援しますからね。ヨーリアンでも、我が国でも、ゆっくり学んでください。」
「はい。ありがとうございます」ルノアも微笑む。
国王陛下も穏やかに笑った。
「礼を言うのはこちらだ。ルノアがクロリナラドと共に、この国で生きることを選んでくれた。そのことを、我々は決して当たり前だとは思わない」
国王陛下の表情には、王としての威厳だけではなく、家族を案じる者の優しさがあった。
「この国は、まだ変わり始めたばかりだ。竜人至上主義の者がほとんどだ。」
国王陛下は窓の外へ視線を向ける。
「だからこそ、これから先、この国で生きる者たちが『ここに来てよかった』と思える国にしていかなければならない」
「……私も、そのお手伝いがしたいです」
ルノアがそう言うと、皆が優しく微笑んだ。




