335 白竜の願い
ルノアは、しばらくヴァルを見つめ、そしてクロリナラドを見た。
竜たちの声が聞こえる。その心が分かる。それだけでも不思議なことなのに、今、自分が古くから伝わる特別な存在だと告げられた。
戸惑いはある。けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ……。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
ルノアが微笑む。その瞬間だった。
四頭の白竜が、一斉に顔を上げた。
「……?」ルノアが首を傾げる。
すると、ヴァルの声が再び頭の中へ響いた。
ーーでは、我らからの要望を伝えて欲しい。
「要望?」ルノアが聞き返す。
クロリナラドも、少し驚いたように白竜たちを見る。
「何かあるのか?」
ーーある。
ヴァルが答えた。
その声は、先ほどまでとは違っていた。どこか真剣である。いや。真剣というより……。
すると、ヴァルの隣にいたゼルドが、ゆっくりと一歩前へ出た。
ーーまず、我ら男性陣から申し上げたい。
「男性陣……」ルノアが瞬きをする。ゼルドが続けた。
ーー我らは、番と過ごす時間をもう少し増やしてほしい。
「……え?」
竜舎にいた者たちが固まった。
ーー週に一度は必ず欲しい。午後の訓練が終わったあと、番と共に竜の森へ戻りたい。そして、ゆっくりと眠りたい。休みがないのが辛い……。
「…………」
沈黙。
「…………」
誰も何も言えない。
やがて、一人の職員が恐る恐る隣を見る。その職員も、同じような顔をしていた。どうやら聞き間違いではないらしい。
王家の白竜たちが。国の象徴とも言える存在が。
『番と一緒にゆっくり寝たい』と、堂々と要望を出している。
ルノアは困ったように首を傾げた。
「えっと……」
ーー我らは王家に仕える竜。訓練も任務も理解している。だが、番と離れている時間が長すぎる。
竜にとって、番と過ごす時間は大切なのだ。
ゼルドの声が、ほんの少しだけ寂しそうになる。
「……なるほど」ルノアが頷く。
「それは、確かに大切ですね」その言葉に、白竜たちが嬉しそうに翼を揺らした。 クロリナラドは、そんな彼らを見ながら苦笑する。
「どうやら、ずっと我慢していたようだね」
ーー我慢していた。
ヴァルが即答した。
ーー我らだけではない。
その瞬間、今度はセリナが前へ出た。
ーー女性陣からも要望がある。
「はい」ルノアが姿勢を正す。
「どうぞ」
セリナは、優雅にルノアを見つめた。
ーー喧嘩をした時に、女性だけで眠れる部屋が欲しい。
「…………え?」
今度こそ、ルノアは目を丸くした。
ーーたまには静かに眠りたい。男性陣がうるさい。
ーーセリナ!?
ゼルドが驚いたような声を上げる。
ーー事実でしょう。
夜中まで話をしている。翼を動かす音も大きい。寝返りも大きい。……そして、番と喧嘩をした後も同じ場所で寝なければならないのは、非常に気まずい。
セリナは淡々としている。
「…………」
竜舎の職員たちは、必死に笑いを堪えていた。
クロリナラドも口元を押さえている。
「なるほど……」ルノアは真剣に頷いた。
「それは、必要かもしれませんね」
ーーでしょう?
セリナの声が、明らかに嬉しそうになる。
ーー女性だけで静かに眠れる場所が欲しい。誰にも邪魔されず、ゆっくり休める場所が欲しい。
「分かりました」ルノアが頷く。
「竜舎の中に、女性用の休憩室を作りましょう」
ーーありがとう。
セリナが嬉しそうに翼を広げる。
すると、今度はリイナが一歩前へ出た。
ーー私からも、お願いがあります。
「はい」ルノアは、すっかり相談役になっていた。
ーー竜の森にある桃。
「桃?」ルノアが首を傾げる。
ーー自分で取りに行きたい。我らは、あの桃をほとんど食べていない。
「え?」ルノアが驚く。
ヴァルが静かに補足する。
ーー子供たちに取られる。取った桃も、ほとんど子供たちが食べる。我らが食べようとすると、いつの間にかなくなっている。
「…………」ルノアの脳裏に、先ほどの光景が蘇る。
竜の森で、子供たちが桃を見つけると大騒ぎしていた。そして、竜たちも負けじと桃を取り合っていた。
「ああ……」思わず納得してしまう。
「だから、あんなに必死だったのですね」
ーーそうだ。
ヴァルの返事は、とても真剣だった。
ーー我らも桃が食べたい。
自分たちで採った桃を、自分たちで食べたい。誰にも邪魔されたくない。
「ふふっ」ルノアは思わず笑ってしまう。
「分かりました」
ーー本当か?
「はい。ただし……」ルノアが少し考える。
「訓練をきちんと終えてからです」
四頭の白竜が、一斉に顔を上げた。
ーーもちろんだ。
ーー異論はない。
ーーむしろ、それならば訓練にも力が入る。
ーー午後の訓練が終わったら、桃を食べに行きたい。
四頭が次々に声を重ねる。
「竜舎の皆さまにお聞きしますが……日替わりで桃を取りに行っても大丈夫でしょうか? もしくは、桃の量を増やすことは可能でしょうか?」
ルノアが微笑む。職員やクロリナラドに向かって尋ねた。
「分かった。まず、桃の量を増やすことは決定だ。
子供たちに取られないように配慮する。
桃は今日から増やす。今まで長く気が付かず、すまなかったな。
番との時間も理解した。桃を取りに行きながら、その日は森で眠り、翌日の昼食までに帰る仕組みを整えよう」
竜舎の職員の一人が続けた。
「午後の訓練が終わったら、順番に竜の森へ番と一緒に行けるように、今日から手配いたします。
有事の場合は竜笛でお呼びしますので、例外なくお戻りください。
その後、再度竜の森で休めるように調整いたします。
皆、平等にいたしますから……喧嘩などがあった場合は『一回飛ばし』といたします。よろしいですね?」
その瞬間、竜舎中に歓喜の声が響き渡った。
「グルルルッ!」
「キュルル!」
「ギャウ!」
白竜たちだけではない。
話を聞いていた他の竜たちまで、一斉に騒ぎ始める。
「えっ?」ルノアが驚く。
ーー桃を取りに行くの!?
ーー俺も行く!
ーー私も!
そんな声が次々と響いてくる。
「……」
クロリナラドが額に手を当てる。
「ノア……君が桃の話をすると、こうなることを忘れてはいけないよ」
「……そうでした」ルノアは苦笑する。
竜たちにとって、桃はそれほどまでに重要らしい。
しかし、その時、ヴァルの声が響いた。
ーー違う。今回は、我らの分を確保する。
子供たちには譲らないぞ。
我らも、桃を食べたいのだ。
四頭の白竜が、真剣な顔で頷く。
その姿に、竜舎の職員たちはついに耐えきれず、笑い声を漏らした。
「ふふっ……」
「申し訳ありません……」
「いえ……ですが……」誰かが笑いながら呟く。
「王家の白竜様方も、色々と大変なのですね」
その言葉に、クロリナラドも小さく笑った。
そしてルノアは、四頭の白竜を見つめる。
職員たちは顔を見合わせる。そして、誰かが小さく呟いた。
「……竜舎の改善案というより、桃の請願書になってませんか?」
その声を聞いたクロリナラドが、肩を震わせた。
「まあ、いいじゃないか」
「殿下……」
「彼らがこれほど自分たちの希望を口にすることは、今までなかったからね」
クロリナラドは、嬉しそうに白竜たちを見る。
そして、ルノアへ視線を移した。
「ノア。どうやら君が来てから、竜舎は随分と賑やかになりそうだ」
「……私のせいでしょうか?まだ他の竜たちの要望も聞きましたから、順番に確認いたしましょう。」




