333 竜たちと福との約束
昼食を終えた頃には、ルノアはすっかり眠たくなっていた。
「……ふぁ……」
小さな欠伸がこぼれる。
「ノア?」
隣にいたクロリナラドが振り返った。
「大丈夫?」
「はい……少し眠いだけです」
そう答えたものの、ルノアの瞼はもう重たくなっている。その周囲では、先ほどから竜たちがルノアを取り囲んでいた。
ーーもう少し話そう。
ーーまだ聞いてほしいことがある。
ーー我にも魔力を分けてくれ。
ーー少しだけでいい。
「え……?」
ルノアが顔を上げた瞬間だった。ふわり、と身体から淡い光がこぼれた。その光が竜たちへと流れていく。
「だめ!」
居眠りしていた福が叫んだ。
「……あ」
ルノア自身は気づいていなかった。竜たちは、ルノアの魔力を受け取ると気持ちよさそうに目を細めている。
ーーやはり心地よい。
ーーこの魔力は落ち着く。
ーーもう少し……。
「ちょっと待て!」
クロリナラドが慌てて立ち上がった。
「魔力を取りすぎだ!」
けれど、ルノアはすでにふらふらと身体を揺らしていた。
「……ラド様……」
「ノア!」
倒れかけた身体を、クロリナラドが慌てて抱き留める。
「大丈夫?」
「はい……」
ルノアはクロリナラドの胸元に寄りかかる。
「ただ……なんだか……とても眠くて……」
そのまま、こてん、と頭を預けた。瞼がゆっくりと閉じていく。
その時だった。
「……ちょっと、竜たち!!!」
可愛らしい声が森に響いた。竜たちが一斉に振り返る。
そこに立っていたのは大きくなった神獣の福だった。いつもの愛らしい姿はない。竜よりも何倍もの大きさで見下ろしている。
けれど、その顔は明らかに怒っている。
「何してるの?」
ーーどうした?
ーー竜神様の御使いの福様じゃないか……?
ーー怒ってる?……。
「どうしたじゃないよ!福は怒ってるんだからね!」
その一言で、竜たちがぴたりと静まった。
「ルノアはね、竜よりずっと弱いの」
福は一頭一頭、竜たちの顔を見る。
「身体も小さいし、魔力だってたくさん持っているけど……無限ではないでしょ?わかる?」
竜たちは黙って聞いている。
「なのに、みんなで好きなだけ魔力を取ったらどうなるの?」
ーー……疲れる。
ーー倒れる。
ーー眠ってしまう。
「そうでしょう?」福は頷いた。
「ルノアはみんなのお話を聞いてくれた。魔力も分けてくれた。嫌だって言わなかった」
眠ってしまったルノアへ視線を向ける。
「だからって、全て甘えていいわけじゃない!」
福の声が少しだけ低くなる。
「みんなで大事にしなきゃいけないの!」
竜たちは俯いた。
「これからは約束して!
ルノアから魔力をもらう時は、ちゃんと本人に聞くこと。
疲れていたら、絶対に魔力は取らないこと。
眠そうだったら、ちゃんと休ませること。」
そして最後に、にっこりと笑う。
「みんなで約束を守ること」
ーー……分かった。
ーー約束する。
ーーもう勝手には取らない。
福は満足そうに頷いた。
「うん。わかればよし!約束守らないやつは福が許さないからね。竜神様もみてるからね!」
その時、竜たちの中からラグナが一歩前へ出た。
大きな身体を低く伏せ、福に頭を垂れる。
ーーならば、我が代表で皆を正そう。
ラグナの声が森に響いた。
ーーここに生きる全ての竜を代表して、誓う。
ラグナは眠っているルノアを見る。
ーー我らはルノアの許しなく、魔力を奪わない。
ルノアが疲れた時には休ませる。
ルノアが助けを求めれば、必ず力を貸す。
そして、ゆっくりと翼を広げた。
ーー我ら竜は、ルノアを守る。
その言葉に呼応するように、森中の竜たちが頭を下げた。
ーー誓う。
ーー我らも誓う。
ーーラグナの誓いを、我ら全ての約束とする。
「うん」
福は満足そうに頷いた。
「それなら、福も安心」
そしてルノアのそばへ歩み寄る。
眠るルノアをそっと抱きしめ撫でた。
「ごめんね、ルノア。みんな、ちょっと反省してるから」
「……福ちゃん……?」
眠りかけていたルノアが、うっすらと目を開ける。
「みんな……怒られたんですか……?」
「うん。怒ったよ」
「そう……なんですか……」
ルノアは眠たそうに微笑んだ。
「でも……皆さん、悪気はなかったと思います……」
「知ってるよ」
福も笑う。
「だから、これからはちゃんと約束を守るの」
「……それなら……よかった……」
安心したように呟くと、ルノアは再び目を閉じた。
しばらくして。「……ん……」どれほど眠ったのだろう。ルノアがゆっくりと目を開けた。
「……あれ?」
木漏れ日が眩しい。身体はすっかり軽くなっていた。
「あ……私、寝てしまったんですね」
「おはよう、ノア」
クロリナラドの声が聞こえる。
「おはようございます、ラド様」
ルノアは身体を起こした。そして、ふと気づく。
「……?」
周囲が妙に静かだった。
目を覚ましたルノアの周りには竜たちが集まっているはずなのに。……いない。
いや……いる。ものすごく遠くに。木々の陰。少なくとも十数歩以上離れたところに、竜たちがずらりと並んでいる。
しかも、全員がルノアをじっと見つめている。
「…………」
ルノアも竜たちを見る。
竜たちもルノアを見る。
けれど、誰一頭として近づいてこない。
「……皆さん?」
ルノアが手を振る。竜たちはびくっと身体を揺らした。
ーー近づいてはいけない。
ーー魔力を取ってはいけない。
ーー疲れさせてはいけない。
ーー福様との約束だ。
「……」
ルノアは首を傾げる。
「どうしてそんなに離れているんですか?」
ーー約束だから。
ーー近づきすぎてはいけない。
ーーお前が疲れてしまう。
「えぇ……」
ルノアはしょんぼりと肩を落とした。
「でも……」
少し寂しそうに、竜たちを見る。
「……あんなに近くにいてくれたのに……」
竜たちがざわざわする。
ーー寂しいのか?
ーー近づいてもいいのか?
ーーだが、約束が……。
ルノアはますますしょんぼりする。
「私……皆さんとお話しするの、楽しかったんですけど……」
その言葉に、竜たちは一斉に顔を見合わせた。
そして。
ーー福様。
竜たちの視線が、一斉に福へ向いた。
「なあに?」
ーー少しくらいなら、近づいてもいいのではないか?
「……」
福は腕を組み、竜たちを見る。
「そうだね」
にっこり笑った。
「でも、今度はちゃんとルノアに聞いてからね」
すると竜たちが一斉にルノアを見る。
ーールノア。
ーー近くに行ってもいいか?
ーー隣にいてもいいか?
ーー少しだけ、話してもいいか?
ルノアの顔がぱっと明るくなる。
「もちろんです!」
その瞬間。待ってましたとばかりに、竜たちが一斉に駆け寄ってきた。
「わっ……!」
あっという間にルノアの周囲が竜だらけになる。
ーー近くに来たぞ!
ーー約束は守った!
ーー魔力は取らない!
ーー話だけする!
「ふふっ……」
ルノアは竜たちに囲まれながら、嬉しそうに笑った。




