331 竜の森
「まだ先にも、見せたい場所があるんだ」
クロリナラドがそう言うと、ラグナは大きく翼を打った。風が一段強くなり、二頭の竜は王城から離れていく。
「どこへ行くんですか?」
「竜の森だよ」
「竜の森?」
「ああ。竜皇国の東側に広がっている。人間の立ち入りは制限されているけれど、竜の乗り手と竜医、それから許可を持つ者なら入れる」
その言葉に、ルノアの目がぱっと輝いた。
「興味がある?」
「あります!」
あまりに即答だったので、クロリナラドが小さく笑う。
「ノアは本当に竜のことになると目の色が変わるね」
「だって……」
ルノアはエルナの首筋をそっと撫でた。
「こんなに大きくて、強くて、賢い生き物なのに、分からないことがたくさんあるんでしょう?」
エルナが嬉しそうに喉を鳴らす。
ーーそうだ。我らにも分からぬことは多い。
ーー人間は我らを強いと思いすぎる。
ーー強いからといって、痛くないわけではない。
その声に、ルノアの表情が少し曇った。
「……さっき聞いた話も、そうでしたが……竜たちは、思っていたよりずっと我慢しているんですね」
クロリナラドはしばらく黙っていた。
「……そうかもしれない。竜舎の者たちも、悪気があるわけではない。でも、言葉が通じないから、分からないことがたくさんあるんだな……」
「だったら……」
ルノアはエルナの背から前方を見つめた。
「私が、その間に入れる者になりたいです」
クロリナラドの目がわずかに見開かれる。
「竜と我々の間に?」
「はい」
風が二人の間を通り抜ける。
「竜たちが痛いと言えば、それを伝える。怖いと言えば、何が怖いのか考える。食事が足りないならどうすればいいのか一緒に考える。病気なら治してあげたいです」
ルノアは胸の前で両手を握った。
「それに……竜たちにも、もっと自由な時間があっていいと思います」
エルナが翼を大きく広げる。
ーーよい。
ーーその言葉、気に入ったぞ。
ーー我らも自由に飛びたい。
次々に白竜たちの声が響き、ルノアは思わず笑った。
「ふふ……皆さんもそう思っているみたいです。でもお仕事も大事ですから……お互いに約束を守り、少しでも良い関係で生活が送れるといいですね。」
「……ノアが竜医になったら、竜舎が大変なことになりそうだな……今まで黙っていた不満まで、全部君に訴えるようになるだろうから」
「それは……」
ルノアは少し考えてから、にっこり笑った。
「楽しそうです」
「やっぱりそう言うと思ったよ」
クロリナラドは呆れたように笑った。
やがて森が見えてきた。深い緑に覆われた広大な森。その上空には、大小さまざまな竜が飛び交っていた。
森の中央には澄んだ湖があり、その周囲には何頭もの竜が翼を休めている。
「ここが……」
「竜の森だ」
ラグナとエルナが高度を下げる。すると、森の中から一頭の小さな竜が飛び出してきた。
ーー新しいやつだ!
ーー誰だ?
ーー白竜と一緒にいるぞ!
たちまち周囲の竜たちが集まってくる。
「わ……」
ルノアが驚いていると、一頭の幼い竜がエルナの背中へよじ登ってきた。
「まあ、あなたも来たいの?」
ーー乗せて!
ーーわたしも一緒に飛びたい!
「ふふ。かわいい……」
ルノアが幼竜の頭を撫でる。すると、さらに別の幼竜がやってきた。
ーーずるい!
ーー私も!
ーー私も撫でて!
「えっ、ちょっと待ってください……」
次々と集まってくる幼竜たちに、ルノアは嬉しそうに目を細める。その光景を見ていたクロリナラドが、ふと口元を緩めた。
「……気に入られたみたいだね」
「はい。とても嬉しいです」
ルノアは幼竜たちに囲まれながら、満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見つめていたクロリナラドは、なぜか胸の奥が温かくなるのを感じた。竜たちの言葉を聞くノア。
自分たちが長い間見落としていたものを、当たり前のように拾い上げていく。
そんな未来を想像してしまう。
「……ノア。まだヨーリアンの入学前だから……ゆっくり考えてね。学びたいことをたくさん学んで……ノアが頑張りすぎないようにね。ゆっくりだよ。卒業したら、竜皇国の学院においで。」
「はい」
迷いのない返事だった。
「竜共生医術科で学んで……いつか、竜たちのお医者様になりたいです。長生きですから私たちは……竜神様に感謝しながらラド様と一緒に楽しみたいです。
でも竜にたくさん魔力をあげてしまい……ちょっとラド様ヤキモチ心はないのですか?
ラド様がしていたら……ちょっとだけ私は、モヤモヤしそうです。心が狭くてすみません。」
「……そうか……少しだけモヤモヤしてたんだけどね……私のノアなのにって……でも愛し子だからね。皆竜に愛されるんだ。だから私もいつも竜に囲まれる。でもノアの方が癒しの魔力が強いからか……少し心配でもあるよ。だからこそ学ばなきゃだね」
クロリナラドは空を見上げた。
「ノアがここで学べるように環境を整えなきゃな。頑張るよ」
「え?」
「竜皇国の学院に入るなら、できることは準備はしておくよ。」
ルノアは優しい笑顔をクロリナラドに向けた。
その笑顔を見た瞬間。クロリナラドは、自分でも気づかないほど小さく息を吐いた。
「困ったな……明日から来て欲しくなったよ……」
彼女がこの国に来る未来を、もう楽しみにしている。 そして、その日が少しでも早く来ればいいと。そんなことまで思ってしまっていた。
ーー我らも楽しみだ!
ーー早く来い!
ーー竜医のルノアが楽しみだ!
竜たちの声が一斉に響く。
「ふふ……」
ルノアは笑いながら、青く澄み渡る空を見上げた。




