325 竜皇国三兄弟の丁稚奉公
竜皇国の三兄弟は、それぞれ週末三日間、泊まり込みで働く奉公先へ挨拶に向かった。
ヨーリアン帝国では、魔術学院の学生が週末に働き、生活費を自分で稼ぐことは当たり前だった。
そして三人には、それぞれ一人ずつ、竜皇国の王子に代々務める教育者兼護衛隠密が付いていた。
長男フォルにはギルト。
次男ジュストにはバルト。
三男サンセールにはダルト。
彼らは卒業後、三兄弟の執務長を務める。
ヨーリアン帝国の入学試験では、三人と同級生になる予定の学生として無事に出会いを済ませていた。
次に必要なのは、三人が週末に働く奉公先での警護だった。
同時に、王族としての知識や立ち振る舞いを教え、足りない部分を補う教育者とならなければならない。ただし、表向きはあくまでも学生。三兄弟の正体を知る者だと悟られないよう、見守ることになっていた。
フォルが向かったのは、大商会だった。
少し離れた建物の陰から、ギルトが静かに見守っている。フォルは商会の主人に頭を下げた。
「これから週末はこちらで働かせていただきます。フォルです。よろしくお願いします」
主人は淡々と仕事内容を説明した。荷運び、配達、帳簿、店番。そして、客からの苦情処理。
ギルトは黙ってフォルを見つめた。
以前のフォルなら、理不尽な仕事を言い渡されても、笑顔で受け流していたかもしれない。だが、今のフォルは違った。
「分かりました。お客様のお話をきちんと聞きます」
その返事を聞いて、ギルトはわずかに目を細めた。王子としてではない。一人の学生として、フォルは頭を下げている。
「……よく変わられた」
誰にも聞こえない声で、ギルトは呟いた。
ジュストが向かったのは、大きな魔道具店だった。
三年に一度、番頭候補を預かり育て、また各地への商会へ送り返す代表的な大きな魔道具屋でもあり商会でもあった。
職人や技術者が集まる店であり、店内には様々な人間が出入りしている。その店を切り盛りする無口な親方のもとへ、ジュストは挨拶に行った。
「ジュストか」
「はい。これからよろしくお願いします」
「俺の補助をしろ」親方は短く言った。
「困っている人間がいれば助けろ。職人が困っていれば手を貸せ。客が困っていれば話を聞け。店の仕事は一つだけでなく、全部覚えろ」
ジュストは真剣に頷いた。
「分かりました」
遠くから見守っていたバルトも、その様子を見ていた。以前のジュストなら、仕事の内容を聞けば、まず効率と理屈から考えていただろう。だが、今は違った。ジュストは親方の手元を見ていた。年老いた指。
細かな作業で動きにくそうな手首。細部を見るために細められる目。ジュストは黙ったまま、それを観察していた。
バルトには分かった。ジュストの中で、何かが動き始めている。数字だけではなく、人を見て考えている。
「これは面白くなりそうだ」
バルトは小さく呟いた。
そして、サンセールの奉公先では、すでにダルトが働いていた。表向きは国境守備隊の一員。
ダルトはサンセールより先に、週末だけ働く者として高い賃金を受け取り、城壁守備の仕事に入り込んでいた。
サンセールが何も知らないまま、自然に同じ職場の先輩として入れるようにするためだった。
やがてサンセールが城壁管理者のもとへ挨拶に来た。
「サンセールだな。管理者補助と聞いてる。激務だが体力は大丈夫か?」
「はい。これから週末はこちらで働きます。」
管理者は城壁を見上げながら説明した。
「仕事は多い。城壁の修理、備品の確認、食料と飲み物の管理、武器の整備、勤務状況の確認。人手も足りない。魔道具も不足している」
サンセールは記録を見せてもらった。しばらく黙っていた。人員の計算が合っていない。食料の備蓄量も曖昧だった。武器の整備記録も抜けている。城壁の修理も、どこから手を付けるべきか整理されていなかった。
「……これで国境を守っているのか?」
「そうだ」
「奇跡だな……」
少し離れた場所で聞いていたダルトは、思わず笑いそうになった。だが、次の瞬間にはサンセールの目が変わった。
「なら、俺が数える」
人員。食料。武器。魔道具。勤務時間。修理が必要な場所。サンセールは一つずつ確認し始めた。
さらに、外国人の兵士や作業員が多いことに気づくと、彼らの言葉を使って話しかけ始めた。
ダルトは遠くからその姿を見つめた。
「サンセール様は、戦うだけが仕事ではないと気づいたのだな」
三人の執務長候補は、それぞれ離れた場所から三兄弟を見届けていた。
誰も手を出さない。今後失敗しても、すぐには助けない。
三人が自分の力で考え、働き、成長することを見届けるためだった。




