319 魔空間の秘密
ルノアの論文を、誰に見せるのか。その判断は、簡単には決まらなかった。
シェットとヴァリアードは、何度も論文を読み返していた。
「やはり、広く公開するのは危険だな……」
ヴァリアードが重い口調で言った。
「私もそう思う。特に、魔力を蓄積する部分は……」
二人の脳裏に浮かんだのは、当然のように軍事利用だった。
より大きな魔空間を作り、より大量の魔力を蓄え、それを戦争に利用する。
そんなことを考える者が現れるのは、時間の問題だろう。
「ならば、本当に信頼できる者だけに公開しよう」
最初に名前が挙がったのは、竜皇国だった。
竜皇国は、これまで他国へ干渉しないという方針を貫いている。
それに、リアム国王夫妻やルディノール王太子夫妻がこの技術を無闇に利用することも考えにくい。ルノアの嫁ぎ先でもある。
次に候補となったのが、ヨーリアン帝国の帝王、ヨーリアン帝国魔術学院長の二人。そして、魔術を研究・管理をしてきた魔術協会だった。
ただし、魔術協会のすべての者に公開するわけではない。
現在、精霊王様についているサラニが、魔術協会と精霊協会の監査人もしている。精霊眼で確認をしてもらい、安全だと確認された者とした。
「ルノアの父ラルフにも、見せるべきだろう」
ヴァリアードも頷く。
ラルフも、軽々しく外へ漏らすことはない。
こうして、論文を見せる相手は慎重に選ばれた。
竜皇国のリアム国王夫妻、ルディノール王太子夫妻。
ヨーリアン帝国の帝王と学院長。
サラニに選ばれた魔術協会の魔塔の長と、ごく一部の会員。
そして、ルノアの父。
それ以外には、一切公開しない。
数日後。ヨーリアン帝国の会議室に、竜皇国とラルフ以外の全員が揃ったことを確認すると、シェットが静かに口を開いた。
「皆様。お久しぶりの方が多いですね。カーナリアン王国魔術学園長シェットです。これからお見せするものについて、最初に一つだけお願いがあります。まず魔法契約書を交わしていただきます。それができないのであればご退室ください。」
その声には、普段にはない緊張があった。
「この場で知ったことを、決して外へ持ち出さないでいただきたいのです」
「そこまで危険なものなのか?」
ヨーリアン帝国の帝王が尋ねる。
シェットは答える代わりに、机の上へ魔法契約書を置いた。
全員が署名を済ませサラニが確認し精霊魔法を全員にかけた。
「危険かどうか。それを皆様自身に判断していただきたいのです」
そして、論文について説明を始めた。そして……。説明が進むにつれ、部屋の空気が変わっていった。
「正確には、魔空間そのものを開き、魔力の貯蔵庫として利用する技術が書いてある論文となります」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
魔力を蓄える……魔術師が抱える魔力の限界そのものが、大きく変わってしまう。これまでは、魔力が尽きれば戦えなかった。
だが、あらかじめ何十人、何百人と大量の魔力を蓄えておけば、限界を大きく引き延ばし、当然……戦争にも利用できる。
「……これは……危険だ。公開してはならん。」
ヨーリアン帝国の帝王が、重々しく口にした。
誰も反対も異論を唱える者もいなかった。
やがて、ヴァリアードが口を開いた。
「この技術を知る者が増えれば、それだけ外へ漏れる可能性も高くなる。知る者を増やさない。それが一番確実だ」
その言葉に、全員が頷いた。
「先程の魔法契約書は、この場で知った魔空間に関する情報を、契約者の許可なく他者へ伝えることを禁じ、口頭でも、書面でも、魔術による伝達でも一切禁止です。」
強力な魔法契約だった。もし契約を破ろうとすれば、契約そのものがそれを阻む。
「研究そのものについても?」
「もちろんです。魔空間に関する研究成果を、契約者以外へ渡すことも禁止しています」
全員がもう一度魔法契約書へ目を落とした。ここまで厳重な契約を必要とする。
魔空間は、誰か一人のために生まれた技術ではない。
だからこそ、その力が欲望のために使われれば、多くの人間を傷つけることになる。だから、広めない。
研究そのものを止めるわけでもない。ただ、知る者を限定し、互いに情報を共有しながら慎重に研究を進める。それが、この場に集まった者たちが選んだ答えだった。こうして魔空間の技術は、世界に公開されることなく、厳重に秘匿され、魔法契約書によって、守られた。




