317 魔術学園長シェットに相談
カーナリアン王国魔術学園長シェットの机に、ヴァリアードは一冊の論文を机の上へ置いた。
「ルノアの書いたヨーリアン帝国魔術学院の卒業論文だ」
「マクアリール公爵家のルノア様の?」
シェットが論文を手に取る。最初の数ページをめくっただけで、眉が動いた。
「……魔力の蓄積?」
「それだけではない」
ヴァリアードは静かに言った。
「最後まで読んでみろ」
シェットは黙って読み進めた。数ページ。さらに数ページ。そして……。ある箇所で、指が止まった。
「……魔空間の開放手順?」
「そうだ」
シェットの顔から、先ほどまでの余裕が消えた。
「これは……」
「私も同じ反応をした」
「いや、待て」
シェットはもう一度、該当箇所を読み直した。
「これを書いたのは、本当にルノア様なのか?」
「そうだ。魔力確認もしている。本人しか書けない魔力ペンで書いている」
「誰かに教えられたのではなく?」
「俺が前に、溢れ出る魔力を魔空間に大きなタスワンズ湖をたとえて入れてみたら?と話したことがきっかけだと言っている。たしかに俺が魔空間をタスワンズ湖に例えた記憶はある。
出し入れに関してはルノアが自然に自動調整出来るようになったと聞いていた。今となってみれば、そのまま水流のイメージで自分で導き出したんだと思う。」
シェットは長い沈黙のあと、椅子へ深く腰を下ろした。
「……恐ろしいな」
その言葉に、ヴァリアードも頷いた。
「私もそう思う」
「魔空間を開く者が少ない理由を、ルノア様は理解しているのか?」
「いや分かっていないな。おそらく、書いた後に魔空間のことに気が付き、婚約者のクロリナラドに相談して私に連絡がきた。だからまだ読んだ者は三人だけだ。
シェットが前に言ってくれていたんだな……魔空間を人前でも開いてはいけないと……それで書き終えて、自分の立場で書くのは、やはりまずいのでは……とようやく気がついたようだ。良かったよ。ヨーリアンの入学式で卒業論文を提出したあとでなくて……」
「そうか……」
シェットは論文から目を離さなかった。
「カーナリアン王国では、魔空間を開ける者は三十人にも満たない」
「知っている」
「竜皇国も同じだ。竜人は膨大な魔力を持っているが、その魔力を魔空間へ繋ぐ方法を知らない者が多い。そしてヨーリアン帝国にも、魔力を持て余している者は多い。魔術師は世界中にいる。」
「つまり――」
シェットが顔を上げる。
「この論文は、魔力を持つ者と魔空間を持つ者の間にある壁を取り払う可能性がある」
「そういうことだな」
二人の間に沈黙が落ちた。
しばらくして、シェットが小さく息を吐いた。
「……世界中が、喉から手が出るほど欲しがるだろうな。間違いなく。ならば、学院でそのまま発表するのは危険だ」
ヴァリアードは頷いた。
「私もそう考えている」
シェットは論文を閉じた。
「しかし、だからといって握り潰すわけにもいかない」
「ルノアが発見したものは、新しい魔術理論だからな。」
シェットの瞳に、研究者としての光が宿る。
「いや……もしかすると、新しいというより、失われていた古代魔術を現代の理論で再構築したものなのかもしれない」
ヴァリアードは静かに笑った。
「だから相談した。」
「なるほど……。私が学園長だからではなく、前魔塔の長として、ということか」
「その両方だ」
「ずいぶん都合がいいな」
「お互い様だろう」
二人は顔を見合わせた。
かつて魔塔で魔術の可能性を追い続けた者同士。
ヴァリアードは魔塔の長を退き、シェットは現在の魔術学園を預かる立場となった。
それでも、未知の魔術を目の前にしたときの眼差しだけは、昔と変わらなかった。
シェットはもう一度、論文へ目を落とした。
「魔空間を開く方法を、どのように導き出したのか。どこまで再現できるのか。そして……」
シェットは少しだけ言葉を切った。
「この方法を、誰にでも教えてよいものなのか……」
ヴァリアードは静かに頷いた。
「そこが一番重要だ。論文を学院へ正式提出させる前に、私たち二人で確認する」
「異論はない」
シェットは論文を丁寧に閉じた。
「それにしても……この歳になって、こんなものを見せられるとは思わなかった」
シェットは楽しそうに笑った。
「久しぶりに、魔術師として血が騒ぐよ」
ヴァリアードもまた、口元を緩める。
「俺もだ」
二人の視線が、机の上に置かれた一冊の論文へ向けられる。
その後クロリナラドとルノアを学園長室に呼び、四人で話し合いをした。




