313 四人に贈られた真意の布
全貴族会議を終えた後、ラルフは王城の執務室へと呼ばれていた。
そこには、ロバート国王、ハルド王太子、ナイド外相、マクド宰相の四人が揃っていた。
ラルフはサラに運ばせた小さな箱を、静かに机の上へ置いた。
「本日は、皆様にお渡ししたいものがございます」
蓋を開けると、中には四枚の白いハンカチが丁寧に収められていた。
どれも同じ布で作られている。
ただ一つ違うのは、それぞれの隅に美しい刺繍が施されていることだった。
『ロバート』
『ハルド』
『マクド』
『ナイド』
四人それぞれの名が、繊細な糸で丁寧に刻まれている。
「これは……」ロバート国王が手に取る。
ラルフは穏やかに微笑んだ。
「娘と私で作った『真意の布』でございます。今回は、それをハンカチに仕立てました」
「真意の布?」ハルド王太子が尋ねる。
「はい。誠実な心を持つ相手が近づけは相手は、心を落ち着かせるような穏やかな香りがします。
しかし、相手が悪意を抱いて近づけば、相手が不快な臭いを感じ、こちらには近づけません。」
ナイド外相が布を指先で確かめる。
「つまり、身につけている本人ではなく、周囲の者の真意を感じ取るためのものですか」
「その通りです」ラルフは頷いた。
「ただし、これは誰かを疑うための道具ではありません。言葉だけでは分からないものを、少しだけ教えてくれる。それだけの布です」
マクド宰相が、刺繍された自分の名を見つめる。
「なぜ、我々に?」
ラルフは四人を順に見た。
「皆様には、これからも国の中枢で多くの人と接していただくことになります。善意を装った者、利益だけを求める者、そして悪意を隠して近づいてくる者も増えるでしょう」
そして、少しだけ笑う。
「その際に、皆様のお役に立てばと思いまして」
ロバート国王は、ハンカチを大切そうに握った。
「ありがたく受け取ろう」
ハルド王太子も微笑む。
「大切に使わせてもらう」
ナイド外相は刺繍を眺めながら、珍しく口元を緩めた。
「外交官にとっては、実にありがたい贈り物ですね」
「使いすぎて、誰とも握手できなくならないようにしてくださいよ」
ラルフが冗談めかして言うと、室内に小さな笑いが起こった。
最後にマクド宰相が、ハンカチを胸元へしまう。
「これほど心強い献上品は、そうありませんな」
「そう言っていただければ、娘も喜ぶでしょう」
ラルフは静かに頭を下げた。
四人の手には、それぞれ自分の名が刺繍された一枚のハンカチ。
それは高価な宝石でも、希少な魔道具でもない。
けれど……。
国を守る者たちにとって、それ以上に価値のある贈り物だった。
言葉ではなく、真意を見極めるための小さな守り。
そして何より、ラルフとその娘が「この四人なら託してもいい」と認めた証でもあった。
抜かりのないラルフ。
「こちらは、東大陸タハナヤ森林国の御品になります」
ラルフが四人に手渡した真意の布を示しながら、穏やかに説明する。
「刺繍糸も同じ品でございます。邪気を祓う匂いを息苦しく感じる方は近づけないそうです。今でも冒険者たちは魔獣避けに使っておりますが、最近になって、悪意や攻撃心を持つ者にも効果があると立証されました」
そして、何気ない調子で続ける。
「世界中でドレスや男性衣装の生産が追いついていないとお聞きしておりますが……」
ロバート国王が目を細める。
「まさか?」
「はい。マクアリール公爵家領内の洋装店であれば、こちらの布と刺繍糸を使った衣装を仕立てることが可能でございます」
一瞬の沈黙。
ロバート国王は思わず笑った。
「……やはり、ラルフ公爵には敵わんな。献上品を渡して終わりではなく、しっかり商売まで繋げてくるか……」
「良い品は、多くの方に使っていただいた方がよろしいかと」
ラルフは涼しい顔で答える。
すると国王は、さらに楽しそうに笑った。
「よし。私と王妃の分を頼もう。それから、他国へ嫁いだ娘たちのドレスも全員分だ。家族の分もまとめて注文する」
「承知いたしました」
その返事まで予測していたかのように、ラルフは静かに頭を下げた。
ロバート国王は笑いながら首を振る。
「本当に……抜かりがない男だ。ラルフ公爵は」
その日、真意の布は献上品から、王族たちが身につける新たな守りの衣装へと姿を変えることになった。




