312 全知の教育先進国への歩み
ロバート国王は静かに立ち上がる。
「……皆、しっかりと聞いたな」
広間に集まった重臣たちが一斉に国王へ顔を向ける。
「まず、カーナリアン王国の貴族として、誠実に自分たちの仕事と責任を果たすことは、当たり前のことだ。前国王のような末路を自ら歩んでいく必要はない。
竜皇国の国王様の言葉を、我々はありがたい忠告として受け止める。だが、恐れる必要はない」
国王の声は穏やかだった。
「この国を守るのは、他国ではない。我々自身だ」
その一言に、広間の空気が変わった。
「タスワンズ湖に竜神様の化身の竜が存在する以上、これから先、この国を狙う者は必ず現れる。
隠密、冒険者、密猟者、そして我が国の利益だけを求めて近づいてくる者もいるだろう」
国王は、一人ひとりの顔を見渡した。
「だからこそ、我が国は『狙われる国になった』という事実から目を背けてはならぬ」
そこで国王は、あえて言葉を切った。
「だが同時に、我々は『狙われるほど価値のある国になった』ということも忘れてはならない」
恐怖だけを国民に植え付けるのではない。
危機を認識し、それを国の力へと変える。
それこそが、これからのカーナリアン王国に必要なことだった。
「まず、国民に正しい情報を伝える。何が危険なのか、なぜ防衛が必要なのか。そして、我々が何を守ろうとしているのかを明確にする。隠すのではなく、理解させる。
知らない恐怖ほど、人を惑わせるものはない。だからこそ、国民には正しく知らせる必要がある。王太子、政策の説明を」
「はい。まず王都だけではない、各地方都市、農村、街道沿いの集落に至るまで、防衛教育を段階的に導入します。
不審者の発見。
緊急時の避難経路。
隠密や侵入者を想定した警戒訓練。
さらには、一般市民が無理に戦うのではなく、異常を発見した際に速やかに騎士団や警備隊へ報告するための仕組みまで整えていく必要があります。
国民全員を戦士にする必要はないのです。皆が警戒を怠らず自分自身でできることをする。
国民全員が『自分の国を守る一員である』という自覚を持つことが必要だと思います」
ハルド王太子はそう断言した。
ロバート国王が教育担当大臣に聞いた。
「今後の教育に対する説明を。」
その言葉を受け、担当大臣が教育政策の書類を広げた。
「竜皇国が我が国の教育についても、お話してくださったように、ただちに強化する必要があります。
現在でも、カーナリアン王国の教育は高い水準にあります。それは偶然ではありません。
幼少期からの基礎教育。
魔法適性に応じた指導。
優秀な教師を育成するための制度があります。
そして、魔法だけに偏ることなく、全言語、歴史、薬学、錬金術、魔道具、戦術など、幅広い分野を学べる教育基盤を整えてきました。
その積み重ねが、現在のカーナリアン王国を支えています。だからこそ、これまでの実績をさらに発展させていくことができます。」
教育担当大臣が力強く言った。
「魔法教育だけではありません。全言語学を強化し
魔道具を使った学習方法の定着をはかります。
『世界全言語翻訳魔道具』と、その対応問題集を各学校、教会、国民誰もが学べる所に常備させます。
他国には流失させない「規制魔道具」として世界登録されております。
あと、防衛学、危機管理、医学、薬草学、魔道具工学、農業技術など、国家を支えるあらゆる学問を発展させ、それを担う優秀な人材を育成していきます」
皆の目を見てしっかりと伝えた。
国王も頷く。
「優れた人材が国外へ流出するだけではならぬ。
この国で学び、この国で研究し、この国を発展させる環境を作ることとする。
皆も遅くはない。自分の学びたいものや領民にも是非学んでもらいたい。自分たちの支払った税がしっかりと国民に還るように。」
会議では今後の予算編成の話となっていった。
財務担当大臣が説明していった。
「各地の学校への予算増額。
優秀な教師への待遇改善。
研究施設の拡充。
魔道具、魔法研究への支援。
そして、地方に生まれた才能が身分や貧富によって埋もれないよう、奨学制度まで整備していく必要があります。
世界中から優秀な者が、この国で学びたいと思うほどの教育国家にすることが目的です。
複数の外貨獲得、さらに安定した税収、見直しする税については、各手元にある資料を参考にしてください。
未来ある学生には優遇を。医療についても見直し案をつけました。
ただし、酒、煙草など健康被害の多いもの、装飾品などの贅沢品などは税をあげる予定です。有識者たちの意見を参考にし、旅行者が増える来月から施行予定です。」
ロバート国王が静かに言った。
「『竜神様の化身がいらっしゃるから価値のある国』ではない」
その瞳には強い意志が宿っていた。
「『ここに人が集まり、学問が生まれ、新しい技術が生まれるから価値のある国』にする。外交面でも同様だな。外相説明を」
各国から届く書簡を前に、ナイド外相は淡々と告げる。
「我が国を利用しようとする国と、我が国を尊重する国を明確に分類しています。
タスワンズ湖の竜の生息地としての防衛や警備。
竜皇国との連携はマクアリール公爵家騎士団が中心になっておりますが……高い防衛技術を各家の騎士団も短期演習に参加させるように提案しております。
王族の私たち三兄弟も学び続けています。
竜神教会の聖地として多くの人が訪れても大丈夫な環境作りは、もうはじまっています。遅れることなく当主自身も学ぶ努力を怠らないように。
これからカーナリアン王国へ向けられる視線は、間違いなく増えますから。」
力強く皆を見た。
最後に国王は貴族たち、そして国民にも、こう伝えることを決めていた。
「我々は、誰かに守ってもらうために聖地となるのではない。我々自身の力で、この国を守り抜くからこそ、聖地と呼ばれるに相応しい国となるのだ」
その言葉は、やがて王都から地方へ、地方から村々へと伝わっていった。
恐怖を煽るためではない。
慢心を捨てるために。
他国の甘い言葉に依存しないために。
そして何より……。自分たちの国を、自分たちの手でより良い国へ育てていくために。
カーナリアン王国は、剣を鍛えるだけではなく、知識を磨く道を選んだ。
騎士を強くするだけではなく、教師を育て、研究者を育て、医師を育て、魔術師を育てる。
城壁を高くするだけではなく、人々の知恵そのものを国の防壁へと変えていく。
その姿勢こそが、やがて世界各国からカーナリアン王国を評する言葉へと繋がっていく。
『全知の教育先進国』
そして……何人たりとも軽々しく踏み込むことを許されない、竜神教会の聖地。その未来を手にするために。カーナリアン王国の王族たちは、誰よりも先に覚悟を決めていた。
この国を守る責任は、自分たちが負う。
そして国民には、自分たちの未来を自ら切り拓く力を与える。
それが、竜皇国から示された言葉に対する、カーナリアン王国の答えだった。




